300字小説
アナタに捧げるハッピーエンド
春の空に教会の鐘が鳴り響く。
「ハッピーエンドってやつだな」
魔王を倒した勇者パーティの、勇者はこの国の姫と結婚、戦士は将軍に、魔法使いは魔法協会の会長、僧侶は大僧正になる。皆、地位も財産も得て順風満帆の人生を歩む。……たった一人を除いては。
魔王城に橋を掛ける為に進んで人柱になった巫女。罠を解除する為に雇われた盗賊の俺にも優しくしてくれた。その形見の髪飾りを陽にかざす。
『私の故郷に咲く花を模したものなの』
今頃、彼女の村は薄いピンクの花に覆われている。その村の彼女の縁の人に渡し、花の下に葬ってあげよう。
「アンタもハッピーエンドを迎えないとな」
俺は髪飾りを大切に懐にしまうと、東に向かって歩き出した。
お題「ハッピーエンド」
300字小説
おとないさん
うちには『おとないさん』という妖がいる。ドアや襖の隙間から覗いてくる、ただそれだけの妖で、産まれたときからいるせいか、特に気味悪がることなく『家族』の一人として受け入れていた。いや、むしろ、ときに楽しげに、ときに優しく見つめられると甘えたくなって、落ち込んだときはわざと隙間を作ったりもした。
真夜中、ドアを開けて台所に入る。冷蔵庫には生クリームたっぷりのケーキ。手を伸ばしたとき、背中をぞくりと視線が撫でる。
振り返るとドアの隙間から鋭い視線。こんなときは『おとないさん』は妖なのだと思い知らされる。
「……ごめんなさい。夜中の不摂生は控えます」
隙間から滑り込んできた健康診断の結果書に私は素直に謝った。
お題「見つめられると」
300字小説
私の為の『My Heart』
人と共に暮らす、家事・育児・介護等のパートナーロボットは、もちろん心は無いが『感情プログラム』を持っている。『家族』と決めた人の表情筋や仕草から、その感情を読み取り、それにあわせて好感を持って貰えるように動くプログラムだ。その働きで人はロボットの所作や会話に感情を感じる。そして、それは次の所有者に移る前に初期化されるプログラムでもあった。
「これが美緒様と共にいた私の感情プログラムです」
知人に譲渡する前、ロボットのアカネが小さなチップを手渡す。
「お世話になりました」
そう彼女が私が好きだった笑顔を浮かべて別れを告げる。
彼女の中で私の為に産まれた『My Heart』。私はそっと大切にそれをしまった。
お題「My Heart」
300字小説
歩む道は一つ
ないものねだりだと言われ続けてきた。これだけの力を持つ妖なのに、何故、そこまで人の人生にこだわるのだと。そんな私にある病弱な娘が取り引きを持ちかけた。
『私への報酬はここまで心を砕いて育ててくれた両親の最期を看取ること。それを叶えてくれるなら、私の名前も戸籍も、人として人生を送るのに必要なデータを全てあげる』
私は夜中、密かに息を引き取った娘を要望どおり、人知れず葬り、そのまま娘になった。
「……本当に元気になって……」
高校の入学式。父と母が私の制服姿に涙をこぼす。娘が通いたいと望んでいた学校の門をくぐる。お前が病床で夢見た生活を私が送ってやろう。
貰った娘の人生を、私はこれから娘と共に歩み続ける。
お題「ないものねだり」
300字小説
トキメキの予感
ホームに電車が滑り込んでくる。新しい制服を着た私は、サラリーマンの列に混じって乗り込んだ。今日からは電車通学。同じような制服の学生で車内は満員だ。
とりあえず、咳と席の間の通路で吊革を掴んで立つ。電車が大きくカーブを曲がる。斜めになった床に不慣れな足がよろけた。
「危ねー」
聞き慣れた声がして、肩を手が支える。
「あ、ありがとう」
礼を言うと、また同じ学校に通うことになった幼馴染がにっと笑った。
「気を付けろよ」
駅のホームに降りる。
「じゃあな」
幼馴染が先に改札に向かう。ブレザー姿が妙に大人っぽくて、支えて貰った手は大きくて。
「……別に好きじゃないのに」
ドキドキする。私は何故か熱くなった頬を手の甲で撫でた。
お題「好きじゃないのに」