300字小説
昇龍
民俗学の研究取材に龍を祀るという村を訪れる。今年は千年に一度、龍の子が巣立つという年で、村では盛大な祭が行われていた。
「子龍まんじゅうに子龍せんべい……」
子龍にあやかった土産物に振る舞い酒。村の人々が空を仰いでは
「めでたい」
と酒を酌み交わす。
ラジオから今日の午後の、この地方の天気予報が流れ出す。
『……今日の天気は晴れのち曇り、ところにより雨か雪……』
「なんなの、この予報……」
「子龍様が旅立つときは、いつもそうらしいですよ」
晴れていた空がにわかに曇り、パラパラと通り雨が降ったかと思うと風に風花が舞う。
『まだ天気を操るのは半人前ゆえ、すまぬのう』
空から声が聞こえた後、雲の間を細い龍が昇っていった。
お題「ところにより雨」
300字小説
探偵と助手
彼は全てにおいて特別な存在だ。豊富な知識、鋭い洞察力。それらをフルに活用した推理力。彼の推理は水も漏らさぬ完璧な理論で、更に射撃や体術でも、あらゆる犯人を圧倒していた。
何故、凡庸な俺が彼の隣にいるのか、関係者は皆、疑問に思う。あのときまで俺自身そうだった。
「君は特別な存在だ」
ある夜、酔った彼がとうとうと俺に語り出した。
「どんな事件でも常に依頼人や関係者を気遣い、その思いやりで落ち着かせることが出来る。どんな危険な場面でも彼等や一般人を庇い、守り抜こうとする。そんな善性をもった人間が凡庸のわけないだろう?」
今日も彼の探偵事務所の依頼の電話が鳴る。
「行くぞ」
「ああ」
俺は彼と肩を並べて歩き出した。
お題「特別な存在」
300字小説
空に投げる
卒業生のお別れ会を終え、先輩達を校門まで見送って部室に戻る。片付けを終えて、生徒玄関を出たところで、同じ二年生の彼に呼び止められた。
「なあ、前に告白してくれたろう? これから付き合わない?」
「え? 先輩と付き合ってたんじゃ……」
「先輩は卒業したから。じゃあ!」
軽く手を振って駆け出す。その背中を私は呆然と見送った。
『俺、先輩のこと好きだから……ごめん』
去年の春、桜の木の下でした決死の私の告白を申し訳なさそうに断ったのはなんだったのか。
「……私は彼女の補欠要員かよ」
ひらりと薄ピンクの花びらが散る。
「……バカみたい」
それでもさっきのさっきまで好きだったのに。
クシャクシャになった恋心を私は空に投げ捨てた。
お題「バカみたい」
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ぼっちが二人
彼女とは冒険者ギルドの依頼のクエストで出会った。数人でチームを組んで解決する依頼だったが、俺と彼女だけ浮いていて、だから気が合ったのかもしれない。
『これからは二人ぼっちだね』
と共に旅をするようになった。
そして、ある依頼のクエストで結果として俺と彼女は小さな田舎村を救った救世主となり
『冒険者なんて、そうずっとやっていける仕事じゃない』
と村長に勧められ、この村の住民となった。小さな家を貰い、二人で畑を耕し、山羊を飼い、時々頼まれて魔物を追い払ったりして。
春の空に畑に畝を作り、種を撒く。妻となった彼女がお昼ご飯を持ってくる。
「……これからは三人だね」
お腹を撫でて微笑む彼女を俺はしっかりと抱きしめた。
お題「二人ぼっち」
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夢の終わり
『起きたまま見る夢』といえばバーチャルワールドだ。しかし、多くのVWが乱立する時代、サービスを終了するものも多い。そんな一つ、結婚前によく行ったVWから、VRグラスに終了の通知があった。
「懐かしい……」
息子を連れてアクセスする。最新のVWと比べると古臭いが、水彩画のような背景グラフィックが好きで、夫とよくデートをした。そんな美しい風景のなかに当時の私と夫が浮かぶ。
「誰?」
「お父さんよ」
宇宙探査に従事する彼をモニター越しでしか知らない息子が目を輝かせた。
『夢が醒める前にもう一度、楽しまれたのなら幸いです』
メッセージがグラスに浮かぶ。息子と共にコメントを返す。
『最後まで楽しかったです。ありがとう』
お題「夢が醒める前に」