いぐあな

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300字小説

彼岸の桜

 満開の桜が散る頃、一夕だけ村の外れの堤の桜並木が彼岸に繋がる日がある。沈む夕日が山の端に消え、誰そ彼の闇が漂うとき、川の向こう側の堤に亡き人の影が浮かぶという。

 今年もまた幾人もの村人が桜舞う堤にやってくる。夕日に煌めく川面が暗く沈むのを合図に、ぽつりぽつりと対岸の桜の下に人影が現れる。
「……じいさん……」
 ひょろりとした影はこの冬に亡くなった平六ん家のじいさん。
「……太郎坊……」
 盛んに手を振る小さい影は去年、風邪で呆気なく逝った吾助ん家の長男。
 そして……。私の前には大柄な男の影が。
「弥吉さん、ごめん。私、隣村に嫁ぐことになった」
 私の呼び掛けに夕風が舞う。
『幸せになりな』
 懐かしい声が耳元で囁いた。

お題「沈む夕日」

4/7/2024, 1:10:30 PM