いぐあな

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300字小説

花が咲く

 春の日中、木陰に敷いたビニールシートの上でビールを片手に耳を澄ますと聞こえてくる音がある。
 びいーん、びいーんと弦を弾くように鳴るのは藤。ぽんぽんと弾けるように鳴るのはタンポポやヒナゲシか。学生時代、怪我をしていた狐を助けたとき、彼が礼がしたいと言ってきた。そのとき並べ立てた大層な人外の能力の中で私は『花の咲く音が聞こえる力』を選んだのだ。
「なかなかに良い音だ」
 ほろ酔いで楽しむ私の横に
『変わった人間だ』
 あの時の狐が現れる。
「人の身にはこのくらいが妥当だろ」
 彼の前に稲荷寿司とコップに注いだビールを置いてやる。
「良い飲み友達も出来たしな」
『ふん』
 春風にシャラシャラとスズランの咲く軽やかな音が流れた。

お題「耳を澄ますと」

5/4/2024, 11:55:20 AM