300字小説
白き獣の伝説
島が飢饉に陥ったとき、島の守り神の白き獣は島人に自分を狩れと言った。自分の生命はもう残り少ないから島の為に使えと。
肉は食糧に、毛皮と角は大陸の金持ちに売り、血と骨は砕いて地面に撒いて肥やしにせよ。そう勧めて笑む、安らかな瞳に島人達は泣く泣く言われた通りにしたという。
白き獣の血と骨が島の土地を豊かにし、飢えることはなくなった。毛皮と角の金で買った船で、魚も沢山採れるようになった。時が流れ、島は大陸間の航路の中継地として大きな港が出来、栄えるようになった。今はもうあの頃の貧しい島の面影は無い。
しかし、空から優しい光が差すとき、風が穏やかに吹くとき、島人の目は、あの美しい獣の姿を探してまわるのだ。
お題「安らかな瞳」
300字小説
はじめまして、よろしく
僕はずっと君の隣にいた。眠るときは添い寝の相手。泣いたときは抱きしめてハンカチの代わり。お出掛けにも旅行にも君は連れていってくれた。君が大きくなってからは『ずっと』とはいかなくなったけど、君が自立して家を出るとき、一番最初に持っていくと決めたのも僕だった。そして……今、花嫁の控え室で、僕は椅子に座って君を見ている。白いウェディングドレス姿の君、とても綺麗だよ。……でも、さすがにもう君とはお別れかな?
君から離れ、眠りについて目が覚めると、僕は新しい身体になっていた。
「見て! 私の小さい頃からの友達のぬいぐるみ。作り直したんだ」
君が僕を君に似た赤ちゃんの枕元に置く。
「これからは、この子をよろしくね」
お題「ずっと隣で」
300字小説
人が大好きな
しゃらん、人気のない路地に錫杖が鳴る。
「昔、この地に人間のことが大好きな妖がいた。どんな味がする? どうやって暮らしている? 何を思う? 心の中は? もっと知りたい、もっと知りたいと夢中になるうちに、そいつは完全に人になりきって自分が妖であることを忘れてしまった。しかし、腹がへれば無意識に戻り、人を喰う。……お前みたいにな」
男が錫杖の先で私の足下を指す。
「……ひっ!」
虚ろな目で私を見上げる生首。いつも一緒に帰宅しているクラスメイトの友達だ。
「……ゆっきー……」
濡れる口もとの感触に拭えば、制服の袖が真っ赤に染まる。
「……嘘……」
「残念だが本当だ」
しゃらん、男は目を細め、私を見据えると錫杖を振り上げた。
お題「もっと知りたい」
300字小説
騒々しくも穏やかな日々
少女の肩に置いた少年の手を振り払う。
「ガキが一丁前に色情霊になってんじゃねぇ!!」
俺は少年……の霊の顔に金棒をぶち込んだ。
閻魔大王に頼まれて、鬼の俺が守護している少女は徳の高い坊さんの生まれ変わりらしい。まあ、そのオーラの眩いこと、野火の焔に蛾が誘き寄せられるように霊が寄ってくる。
「地縛霊なら大人しく地面に貼りついていろ!」
「浮遊出来んなら、とっとと閻魔大王の裁定を受けて来い!」
おかげで俺の鉄棒は休まることがない。
「のんびりとした良い日だなぁ」
自分の平穏な日常は俺の活躍だと知らない少女が、のほほんと空を見上げて笑う。
「……まあ、悪くないな」
悪霊を締め上げながら、俺も春霞の空に舞う桜を見上げた。
お題「平穏な日常」
300字小説
愛と平和の物語
愛と平和の物語ねぇ。こんなのはどうだい?
昔むかし、この辺りに美しい島があった。小さな島だったけど、海も土地も肥えて、洞穴ではアクアマリンの原石が豊富に採れた。住民は皆、平和に豊かに暮らしていた。しかし、その平和と豊かさにはカラクリがあった。それを維持し続けるには島のヌシに十年に一人生贄を捧げなければならなかったんだ。
そして、ある年、生贄にされる娘には恋人がいた。恋人は愛の為にヌシに捧げる夜、娘を連れて島を脱出した。島はヌシの怒りに触れて一夜にして海の藻屑になったとさ。
ん? 聞きたかった話と違う? それは悪かったねぇ。
海風がオババの家に吹き込む。髪に着けたアクアマリンの飾りがしゃらんと音を立てた。
お題「愛と平和」