300字小説
AIの走馬灯
それはあくまでも対峙した人間の感傷だと言われていた。AIが停止するときに起こる『AIの走馬灯』なんて。
『当たり前です。私達の感情はあくまでも人にそう見えるように模したプログラムなのですから』
幼いときから私の養育をしてくれたAIがバグにより新しいものと変わるとき彼女は言った。
『ただ消去するだけです。それを惜しんで悲しむなど精神的負担を負う必要はありません』
でも、柔らかく諭す声が、私との過ぎ去った日々を惜しんでいるようにしか聞こえなくて。
『……大丈夫。新しいAIに私がしてきた全てを引き継ぎました。きっと彼女は貴女のよい養育者になるでしょう』
視界が歪む。
『本当に貴女は最後まで最後まで泣き虫でしたね』
お題「過ぎ去った日々」
300字小説
相棒
「昔、この辺りの街に大金持ちの男がいたんだ」
俺と一緒に商隊を組んで旅をする相棒はいつも酔うとこの話をする。
「奴は金の力で望むものを何でも手に入れた。そして最後には魔神の壺まで手にしたんだ」
その男は魔神に、どんなに金を積んでも手に入らないもの……不老不死を願った。そして、願いが叶った男は初めは面白おかしく暮らしていたが、やがて全財産を街に寄付して居なくなったという。
「……今、何処にいるんだろうな?」
「さあ、金よりも大事なモノを手に入れて意外と楽しく暮らしてたりしてな」
相棒の目がおかしげに俺を見る。その目が焚き火の火の加減で物語の男のように青く見える。
それに気付かないふりをして俺は笑って頷いた。
お題「お金より大事なもの」
300字小説
月夜の登校
毎年、卒業式を終えた後の月夜に、学校の構内に生徒の影がさまようという。
新しい生活に希望とともに向かう生徒もいれば、これまでの学校生活に留まりたい生徒もいる。そんな生徒の想いが影となって現れるのだ。
クラスの隅に二、三人、肩を寄せ合いたたずむ生徒達。図書館でポツンと座っている生徒。思い切るかのように校庭をボールを蹴って走る生徒。そして……。
保健室のベッドの上に座る生徒の影。保健室登校で卒業まで教室には行けなかった生徒だが、それでも学校が好きだったのだろうか。
日を追うごとに生徒の影は薄くなり、一つ、また一つと消えていく。
最後に保健室の生徒の影が消える。月の光が誰も居なくなった校舎を白白と照らした。
お題「月夜」
300字小説
鬼女の情け
形代にあの子の名前を書いて、縁切り神社の石碑を表から裏に裏から表に回る。
両親と夫をたて続けに事故で失って思い知らされた。あの鬼女は今も家族の絆を伝い、私達を狙っている。
夕暮れの帰り道。道先にたたずむ影に息を飲む。今度は私の番だ。でも……。
「あの子は夫の連れ子なの。だから見逃して……」
神社のお守りを両手に挟んで祈る。影がゆらりと蠢いた、
しとしとと雨の降る夜、義母の通夜から帰る。義母は自分に何があっても絶対に関わるな、と言っていたが、どうしても、あの優しかった人にお礼を言いたくて。
ふと気付くと電柱の下にたたずむ影。
『……母と子の想いに免じて見逃してやる……』
女の声が夜風に流れ、影がゆらりと消えた。
お題「絆」
300字小説
見送り
「最後に、のんびりしておいで」
そう言われて新生活の準備に、ひと月ほど忙しかった私は散歩に出た。久しぶりに村の小道をゆっくりと歩く。
何かと行事の度に集まった公民館。桜が綺麗な川辺。うす暗くなるまで夢中で遊んだ小さな神社。
村を回って、気がつくと道端に立ったおじいさんが私を見ている。
「立派になったのう。お前さんもいよいよ出るか。身体に気を付けて、たまには帰っておいで」
どこか見覚えのある顔のおじいさんはそう言って、にっこりと笑った。
いよいよ引っ越しの日。荷物を積んだトラックを、父と母とともに車で追う。
村を出るとき
『いってらっしゃい』
あのおじいさんの声が聞こえる。振り返ると道端に小さなお地蔵様。
「いってきます」
お題「たまには」