300字小説
見送り
「最後に、のんびりしておいで」
そう言われて新生活の準備に、ひと月ほど忙しかった私は散歩に出た。久しぶりに村の小道をゆっくりと歩く。
何かと行事の度に集まった公民館。桜が綺麗な川辺。うす暗くなるまで夢中で遊んだ小さな神社。
村を回って、気がつくと道端に立ったおじいさんが私を見ている。
「立派になったのう。お前さんもいよいよ出るか。身体に気を付けて、たまには帰っておいで」
どこか見覚えのある顔のおじいさんはそう言って、にっこりと笑った。
いよいよ引っ越しの日。荷物を積んだトラックを、父と母とともに車で追う。
村を出るとき
『いってらっしゃい』
あのおじいさんの声が聞こえる。振り返ると道端に小さなお地蔵様。
「いってきます」
お題「たまには」
3/5/2024, 12:02:13 PM