300字小説
さようなら
虹の橋を渡る前にもう一度、逢いたい人に逢っておいで。そう神様に言われて、大好きな君に逢いに行く。
君と歩いた散歩道。君とボールで遊んだ公園をすり抜けて。
ボクが見た君の最後の顔は泣き顔だった。小さい頃から泣き虫で、何かあるとボクの毛並みに顔を埋めていた君。今、君はどうしてる?
塀の隙間から覗く。
「キャン!」
庭に真っ白でふわふわの子犬がいる。その子犬に笑いながら、ボクのボールを君が投げていた。
……そっか、ボクがいなくなって、その子が代わりに来たのか。
笑顔の君。もう泣いてない。本当に良かった。
子犬が振り向く。ボクの代わりに君を頼むよ。
「キャン!」
答えるキミに背を向ける。さようなら。ボクは街を駆け抜けた。
お題「大好きな君に」
300字小説
春の弥生の善き日
子供の頃、友達の家のひなまつりが眩しかった。うちは父がそういう行事に金を使うのが嫌いで、母は女の子より男の子が欲しかったらしく、一度として、ひなまつりをしたことが無かった。三月が近くなるとコッソリ、友達の家をハシゴしてひな人形を見せて貰ったものだ。
「……可愛い! このぬいぐるみのひな人形、良いな」
もう何体目か、目についたひな人形を買う。大人になり実家を出てから、私は毎年、ひなまつりを祝っている。
たくさんのひな人形を飾り、ケーキにちらし寿司、はまぐりのお吸い物で昼間から飲んでしまう。
「大人なのにおかしいかな?」
『おかしくないわ。女の子のお祭りですもの』
部屋の片隅で鈴が鳴るような声がくすりと笑った。
お題「ひなまつり」
300字小説
希望の旅人
あの子は我々のたった1つの希望だ。富んだ栄養、程よい湿度と暖かな空気に恵まれた、この場所で暮らし、繁殖していた我々に、奴等は憎悪を向けていた。そしてついに、大量の毒を撒いた。強い酸と、それを長時間とどまらせる泡。仲間が次々と死滅していく。この場所は不毛の場とかすだろう。だが……。
『あなたとあなたが宿した子達がいれば、また繁栄出来る。お願い、この場所に生きた私達の痕跡を絶やさないで……』
私は毒の泡に呑まれて消えていく仲間達のたった1つの希望。いつかまた、以前のような生命溢れる楽園を、この場所に作る為、決意と共に今、旅立った。
「いやあ! 先月、きちんとカビ取りしたのに、また生えてるぅぅ!!」
お題「たった1つの希望」
300字小説
最後の願い
病院のベッドから、もう頭の上がらないババアの枕元で囁く。
「最後の三つ目の願いは決まったか?」
このババアが悪魔のオレを呼び出したときの願いが『娘の生命を救って欲しい』。あれから何十年経ったか、三つの願いを叶えれば、魂を貰える契約をして、オレはこのババアに憑いている。
二つ目はババアの夫が末期ガンになったときの『穏やかに逝かせて欲しい』。なら。
「最後は自分の欲望の為に願ったらどうだ」
オレの言葉にババアが笑む。
「……そうねぇ……」
「食えないババアだったぜ」
ババアの魂を受け取ったジジイを見送る。ババアの最後の願いはオレの幸せ。
「……『幸せ』なんてオレには解らないけどな。アンタといた時間は悪く無かったぜ」
お題「欲望」
300字小説
二度目の銀河鉄道
はくちょう座から列車に乗って、銀河鉄道の旅に出る。たたん、たたん、車輪が軽快に枕木を鳴らし、眩い星の海を進んでいく。
まだ幼稚園児の頃、僕は小学生の兄とこの電車に乗ったことがある。夏休みに両親と行ったキャンプ。川遊びで足を滑らせた途端、僕と兄は列車に乗っていた。
『まるで『銀河鉄道の夜』だ』
本を読むのが好きだった兄が熱心に見ていたサソリの火が見えてくる。
あのとき、僕は南十字で降りることは出来なかった。泣いてすがる僕を兄は連れて行ってくれなかった。そして、目覚めたら僕は病院のベッドにいて兄は……。
十字架の星が見えてくる。今度はちゃんと降りられる。兄は迎えにきてくれるだろうか。そっと窓を覗き込んだ。
お題「列車に乗って」