300字小説
未来に賭けて
未だ治療法の解らない病に掛かった君が未来に生命を託して治療用冷凍睡眠に入ったときから僕の心は決まっていた。
国際宇宙開発機構の亜光速宇宙船の試乗員。厳しい倍率と訓練を乗り越え、ようやくその一席を勝ち取った。
実験船に乗り込み、地球を眺める。航海から帰ってくる頃には、地上では数百年の時間が過ぎているはず。その頃には君の治療法が確立し、君はきっと健康を取り戻し、目覚めている……その可能性に賭けて。
出発のカウントダウンが鳴り響く。これで僕は今まで過ごしてきた連綿とした時の流れから離脱する。今日にさよなら。明日は地上では何年後になっているだろうか。
君の笑顔を思い描き、僕はイグニッションボタンを押し込んだ。
お題「今日にさよなら」
300字小説
命の恩人へ
小屋の片隅に立っている停止したロボットに声を掛ける。
彼は子供の頃の僕のお気に入りだったレンジャーロボ。レンジャー隊から払い下げられたロボットで両親の営むロッジで働いていた。そんな彼と共に僕はよく山に散策に行っていた。
青年になり僕は雪山の単独踏破を目指して、雪崩に巻き込まれた。呼吸孔を確保し、着けていた発信機を作動させたものの、襲う眠気にいけないとは思いつつも眠ってしまった。そんな僕を救難信号を受け取った彼が救出したらしい。老朽化で、あんな低温の高所までバッテリーが保つはずがないのに、僕を連れ、登山口まで下山していたという。
以来、小屋で眠る彼に報告する。
「今日、僕も君と同じレンジャーになったよ」
お題「お気に入り」
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恩返し
幼い頃、僕は兄弟の中で誰よりも臆病な子だった。武術より部屋で本を読んでいるのが好きで、そんな僕に愛想を尽かし両親は追いやるように地方の学園に入学させた。
「へぇ、役人さん、あの学園出身なんだ」
「ああ。学園近くの酒屋の親父がね、臆病な僕に『臆病ってのは裏を返せば慎重で思慮深いってことなんだ』と言ってくれてね。そこから一念発起して勉強に励んで役職に着いたんだ」
「ほう、そいつは良い親父に会えたもんだ」
「全くだ。そうだ、この店で一番良い酒をくれ」
立派な身なりの男が村の酒屋から出ていく。
「大臣、よろしいですか?」
「ああ。思い出の店に少しだけ恩返しが出来たよ」
男は酒瓶を大切に抱えると豪奢な馬車に乗り込んだ。
お題「誰よりも」
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悲劇と幸福の未来へ
婚姻の宴の夜、その手紙は届いた。10年後の私から今の私に届いた手紙。この政略結婚は悲劇に終わると。
隣国の政権闘争に巻き込まれても、蛮族に後ろから刺されぬよう結ぶ同盟の為の結婚。その10年後、父王は隣国の王と手を結び、娘の嫁いだ国に攻め入ってくると。
「……おお、なんと麗しい花嫁だ」
流れる楽の音のなか、上座に座った夫となる蛮族の王が私の花嫁姿を見て破顔する。10年後、この彼の鋭い目が悲しみに潤み、逞しい腕が『共に逝かせて下さい』と懇願する私の胸を貫く。
『それでも、愛し愛される10年間はとても幸せな年月でした』
手紙の締めに笑みを浮かべ、王の手を取る。
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願い致します」
お題「10年後の私から届いた手紙」
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甘いレベルアップ
「はい。カナちゃん」
幼稚園のとき同じヒヨコ組の友達のタッくんが私にバレンタインチョコをくれた。溶かしたチョコをアルミケースに入れて、スプレーチョコで飾った手作りチョコ。それが始まりだった。
「はい。カナちゃん」
小学生ではチョコチップクッキー。
「はい。カナちゃん」
中学生になるとガトーショコラ。
「はい。カナちゃん」
高校生では、なんとザッハトルテ。
これがきっかけでお菓子作りに目覚めたというタッくんは、以来、毎年、レベルアップしたチョコを私に送り続け……。
「結婚式、バレンタインデーだからさ。ウェディングケーキ、俺がチョコレートケーキ作るよ」
今年は隣で楽しげにスポンジケーキとバタークリームを作っている。
お題「バレンタイン」