300字小説
笑顔の仕事
うちのピエロはサーカスで一番の人気者だ。おどけた動作でキレの良いとんぼ返りをうち、ふざけながら詩を吟ずる。子供から老人まで彼を見て笑わない人はいない。
うちのピエロは早起きだ。皆が目覚める前には化粧を終えて、稽古をしている。誰一人として素顔を見た者は無かった。
ある朝、夜明け前にふと目が覚めた俺は明かりの漏れたテントを覗き込んだ。そこにいたのは今まさにピエロの化粧をしようとしている男。
「将軍!」
北への遠征の戦場で敵を打ち破り、いくつもの殊勲を立てた高名な将軍だ。
「……どうして、貴方のような方がピエロに……」
「笑って貰える仕事以外したくなくなったんだよ」
真っ赤に塗った唇で笑み、彼は人差し指を置いた。
お題「スマイル」
300字小説
祝いの影
しばらく連絡が途絶えた後、二人に呼び出されたファミレスで『実は結婚するんだ』と打ち明けられたとき『ああ、その時が来たんだな』と思った。
小学校からの仲良し三人組の三人目だった私が弾き出される時がきたんだと。
もちろん、どちらかの事を恋愛的に好きだったわけではない。二人の恋が愛に変わるのを応援していたし。ただ、あの三人でいる居心地のいい空間から転げ落ちるのが悲しかっただけ。
頼まれた結婚式での友人代表スピーチの原稿を前にペンを握る。三人での思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
どこにも書けない悲しさを胸の奥にしまい込み、私は机の上の三人で撮った写真の写真立てをふせ、二人への祝福のメッセージを綴った。
お題「どこにも書けないこと」
300字小説
チートなヒーロー
兄は自分は過去に戻ることが出来ると言っていた。時計の針を遡るように、好きなときに戻り、やり直せると。
確かに兄は株も賭事も外したことは無かったし、兄の言う通りにすると事件や事故を回避することが出来た。
『俺の人生、チートにも程があるだろ』
そういつも豪語していた。
その兄が亡くなった。駅裏の路地で変質者に刺されて。捕まった犯人の自供によると本当は朝の受験生で溢れる電車で無差別殺人をする予定だったが、兄にそれを指摘され、カッとなって刺したという。
その電車には娘が大学受験で乗っていた。
「……おじさん、笑ってる……」
兄の話は本当だったのだろうか。満足げな死に顔に礼を言う。
「娘の未来を守ってくれてありがとう」
お題「時計の針」
300字小説
気持ちは同じ
書斎で出版社からの連絡を待つ。ベストセラー作家だった妹が亡くなったのが五年前。その後、妹は心残りのせいでライターだった姉の私に取り憑き、私は彼女との才能の差に打ちのめされながら、私の名で彼女の作品を発表してきた。その結果が解る。
『先生! 今年の直谷賞は先生の新刊です!』
スマホの向こうで担当が叫ぶ。
『やったわ! ありがとう、姉さん!』
声と同時に妹は離れ、彼岸に旅立っていった。
あれから数年。私は作家として執筆している。本の売上も減り、連載も減ったが、彼女が憑いて気付いた『書きたい』という溢れる気持ちを大切にして。
「そのうち、びっくりするような本を書いてみせるわ」
妹の遺影に笑み、今日もキーボードを叩く。
お題「溢れる気持ち」
300字小説
カエルの王子様
むかしむかし、あるところに美しい王子様がいました。王子様はとても女好きで子供の頃から婚約したお姫様がいるにも関わらず、貴族から庶民まで、あらゆる娘を好きになっては、また違う娘を好きになるということを繰り返してました。ある日、娘の一人が魔女に頼み、王子様をカエルに変えてしまいました。反省した王子様は愛するお姫様のKissで元の姿に戻りました。めでたしめでたし。
殊勝な態度を取ったのはほんの数年だけ。いつの間にか彼から違う香水が漂うようになり、寝室も別にされ、何日も外泊するようになった。
「やはり屑は屑だったようだね。で、今度は本物のカエルに変えて良いんだね」
「はい」
にっと笑う魔女にお姫様は頷いた。
お題「Kiss」