300字小説
竜と乙女
「1000年先も我は其方達の人生を犠牲に生きるのだろうか?」
この神殿に封印された竜の我を慰める為、国の王は乙女を一人、神殿に閉じ込め、世話をさせる。だからと言って孤独から断ることも出来ず項垂れる我に乙女が笑った。
「1000年先の未来はきっと貴方様にも私達にも良いものになってます」
そして来たる1000年。我の封印は解けないままも、魔法技術は発達し、月の裏側まで行けるようになった。
「……では」
我の魂を竜の身体から離し、一時的に人間そっくりの人形に宿す。
「不思議なものだな」
しかし、これで我も乙女達の世話にならず、自由に動ける。
「それでは外へ参りましょう」
乙女に手を引かれ、私は青い空の下に歩き出した。
お題「1000年先も」
300字小説
私を忘れないで
その青い花がどうして、ここで咲いているのかは誰も知らない。
地球脱出の混乱期、それ以前の移転先の惑星環境を厳守する、というルールは完全に無視されていた。
滅びゆく地球環境から植物や動物が持ち出され、あっという間に太陽系のあらゆる惑星、衛星に広まった。もちろん、故意以外のウイルスや菌なども。
だから、その青い花も誰かがいつの間にか持ち込んだものなのだろう。そこに意味などあろうはずもない。
月衛星基地。太陽系で一番地球に近い場所の展望台公園にその青い花が群生になって咲いている。
勿忘草。強化ガラスの向こうに浮かぶ、もう以前の青さの欠けらも無い、赤茶けてしまった地球が
『私を忘れないで』
訴えているかのように。
お題「勿忘草」
300字小説
三日月ブランコ
軽い気持ちで行った心霊スポットで俺は若い母親の幽霊に憑かれた。同じく幽霊になっている娘を見つければ成仏してくれるという。
『あの子はいつも私の帰りを公園のブランコに乗って待っていたの』
今時、どこの公園も危険だとブランコは撤去している。それでも俺は彼女の朧気な記憶を頼りに娘を探した。
ようやく見つけた母娘の住んでいたアパート。が、近くの公園のブランコは数年前に撤去されて無くなっていた。
もう一度、夜に母親と向かう。暗い中、無いはずのブランコを漕ぐ音が響き
『お母さん!』
黄色いブランコから娘が飛び降りて駆けてくる。
『おかえりなさい』
『ただいま』
二人が消える。その向こう西の空に三日月がひっそりと光っていた。
お題「ブランコ」
300字小説
無名の馬鹿
旅路の果てに俺は未開の惑星にたどり着いた。地質調査をして驚いた。この星、ほぼ全てが恒星間航法に必要とされるレアメタルだ。
地球を旅立って幾年月。ようやく、後ろ指を指して笑った奴らを見返すことが出来る。
惑星に降りる。更に驚いたことに原住民がいた。しかし文明は地球の産業革命前。人も良く親切だ。これなら言いくるめて惑星ごと手に入れるのも容易い。俺はついている。
今思えば欲の皮をつっぱねて、他者にこの惑星のことを漏らさなかった自分の浅はかさに感謝しかない。
調査を兼ねて暮らして解った。惑星も住民も侵すことは出来ない。記録は全て消す。俺は無名の馬鹿のまま、この惑星で最後を迎える。
これで良い。これで良いのだ。
お題「旅路の果てに」
300字小説
たんぽぽ郵便
「境の山に凶暴な魔物が出たらしい」
山を越えた街に行く郵便馬車の受付不可の知らせに、がっくりと肩を落とす。
北の魔法学校を卒業し、この街で見習い魔法使いとして働き始めたのに、それを故郷の家族に知らせる手立てが無い。魔鳥を使った伝書郵便はお高いし、私はまだ転移魔法は使えない。
せめて、この街に住んでいることだけでも家族に、幼馴染に伝えたい。うつむいた私の視線の先に、この地域特有の桃色のたんぽぽが映った。
春の暖かい光の差す青空を見上げる。たんぽぽの綿毛を風に乗せて任意の場所に根付かせる、変わった固有魔法を持った幼馴染は元気だろうか。
ふと気が付くと足下に桃色のたんぽぽ。
風に揺れるそれに笑みが込み上げた。
お題「あなたに届けたい」