300字小説
結果が良ければ全て良し
砕いたナッツとクッキー。それを溶かした製菓用チョコレートに混ぜて、ハート型の型に入れる。冷蔵庫で冷やし固め、テンパリングしたチョコレートを表面に流して艶を出し、いよいよ湯煎した白のチョコペンを右手に持つ。チョコにメッセージを……
「I LOVE…………ダメだ、失敗した」
手が震えて上手く書けなかった。チョコペンの中身を絞って塗って文字を消す。また固めて、今度はピンク色のチョコペンを持ち……
「……また失敗した」
「バレンタインの手作りチョコレートか」
台所でチョコレート作りに勤しむ娘に夫が笑む。
「昔、お母さんが作ってくれたチョコの表面が何層にもなった手作りチョコレート。美味しかったなぁ」
「……そ、そう」
お題「I LOVE……」
300字小説
水神様のお引っ越し
村から人が消えていく。若い者は仕事を求め村を離れ、年寄りは家族に引き取られ去っていく。
最早、年に一度の祭祀も途絶えて久しく、村人の心に我はいない。
このまま、忘れられ消えていくのか……と覚悟を決めたとき、宮司の娘が我に言った。
『祀ろう心さえあるのなら、村でも街でも同じでございましょう。私が祀り続けます。共に街に来られませんか?』
「……なんてことがあって、おばあちゃんが御神体を連れて、この祭壇に祀ったって言うんだけどね……」
同級生が小さな水槽の上に祀られた祭壇を見上げる。
「……神様、いるのかな?」
「水神様らしいけどね」
水槽には虹色に光る鱗の魚がゆらゆらと泳いでいる。
ぴしゃん、魚が音を立てて跳ねた。
お題「街へ」
300字小説
秘められた優しさ
人間と魔族の戦いが激化するなか、魔族に庇護され育てられた人間の娘など、あってはならない存在だった。
『お父さん』
と呼ぶ娘に
『利用価値も無い能無し』
と酷いことも言った。そして、密かに部下に調べさせ、善良な人間の営む孤児院を見つけ、大枚の寄付と共に『売り飛ばした』。
「あれから二十余年、まさか人間と魔族が和睦を結ぶ日が来るとは」
魔族側の使者として来た私の前に、人間側の使者として中年の女性が現れる。
「……お前は……」
歳はとったものの、忘れるはずもない面立ちを宿した彼女に愕然とする。
「お久しぶりです。お父さん」
彼女が笑む。
「やっと再会することが出来ました。私が貴方の優しさに気付かなかったと思いましたか?」
お題「優しさ」
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ミッドナイト通信
「……今夜もお送りします。ミッドナイト通信……」
土曜日の深夜、机の上のラジオが混線するような音を出すと始まるラジオ番組がある。
『ミッドナイト通信』。内容は、どこぞの猫が子猫を産んだ、どの家の柿が甘く熟れた、軒下に燕が巣を作った等、誰に需要があるのか解らない、町内のささやかなニュースばかりだ。
とはいえ、最近の現実のニュースには疲れ気味の私には調度良い。プチ贅沢な夜食を用意して、飼い猫のミケと毎週聞くのを楽しみにしていた。
「今夜のミッドナイト通信。最初のニュースは中村さんのお家のミケさんが猫又になりました! おめでとうございます!」
「えっ!?」
顔を上げる。
「にゃあ」
ミケが二股に分かれた尻尾を振った。
お題「ミッドナイト」
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約束
……思い出すわ。貴方を拾ったときのこと。『人喰い魔女』なんて呼ばれている女のところにきて、安心と不安がないまぜになった顔。でも、少し一緒に暮らしたら懐いてくれて嬉しかったわ。
……貴方との日々は私の宝物。だから約束して。決して復讐なんてしないって。貴方は幸せに生きてちょうだいね……。
「もうすぐ討伐隊がきます」
使い魔が俺に告げる。
「『人喰い魔女』を倒した英雄王を殺した大罪人だからな」
魔法陣を描き終える。
「本当に禁呪を使うのですか?」
「ああ」
陣の上に手を翳す。
「約束の一つを破っちまったんだ。残りの一つ『幸せに生きる』は必ず叶えないと」
この世界では無理なら、別の世界で。俺は異世界転生の呪文を唱えた。
お題「安心と不安」