300字小説
逆光の写真立て
「なんでこんなものを持って帰ってきたんだろう」
突然死した先輩の形見分け。皆が服等を頂くなか、俺は何故か棚の写真立てを頂いた。
夕焼けを背景に逆光で人が黒々と佇んでいる写真。俺は首を捻りながら、机の上に飾った。
「……何か聞こえる」
形見分けから数ヶ月。家に帰ると何か声のようなものが聞こえる。耳に手を当て、音の方向を探る。
机の上、あの写真からだ。よく見ると逆光の人物は……、
「先輩!!」
『ここから出してくれ!!』
俺は悲鳴を上げて、写真立てを放り投げた。
「なんでこんなものを持って帰ってきたんだろう」
ゴミ捨て場から帰って気が付くと、何故か写真立てが手にあった。首を捻りながら、私はそれをテーブルの上に飾った。
お題「逆光」
300字小説
夢の世界には
目覚めると俺は違う世界にいた。鉄の馬車が走り、鉄の鳥が飛び、電気とやらで掃除も洗濯も料理も簡単に出来る世界だったが、軽く宙に浮いたり、手に火精や水精を呼ぶ魔法を使ってみせるだけで、テレビ局とやらに引っ張りだこになった。そんなある日
『まだ寿命が残っていたのに異世界転生させちゃたの。ごめんね』
女神様とやらが現れて、暴れ馬に跳ねられた俺は施療院のベッドで目覚めた。
「……意識のない間、こんな不思議な夢を見たんだ」
今日も冒険者として、地味な依頼をこなし、報酬を稼ぐ。
「夢では楽に暮らせたんでしょ。目覚めてイヤにならない?」
女剣士の問いにニヤリと笑う。
「そうでもないさ。あの夢にはお前が出てこなかったからな」
お題「こんな夢を見た」
300字小説
過去の私からの手紙
パートと買い物から帰ると郵便受けに一通の手紙が入っていた。
「……懐かしい……」
高校の授業で『未来への自分』宛に出した手紙だ。開くと、あの頃流行って練習した丸い文字が並ぶ。まるでタイムマシーンに乗って、高校生の自分に戻ったみたいだ。
『秀樹くんとは仲良くしてますか?』
の文字に苦笑する。
夫とは二人の子供が出来た今、倦怠期を通り越して空気のような関係だ。でも……。
「あの頃は手を繋ぐだけでドキドキしたけど、今の何でもない話をして穏やかに過ごすのも乙なのよね」
買い物袋を片付ける。今夜は家族みんなが好きな鍋だ。冬の透明な夕日の光が薄く差し込む。
「今夜は二人でビールでも飲もうか」
私は小さく笑って土鍋を出した。
お題「タイムマシーン」
300字小説
『田の神様』のお泊まり
今夜は村の家々が持ち回りで『田の神様』を迎える特別な夜。
ご近所の手も借りて、玄関と客間と風呂場を綺麗に掃除し、お神酒にお供え物を用意する。
『田の神様』を紋付袴姿で祖父が田圃まで迎えに行き、背負って戻ってくる。客間に御膳を用意し、召し上がって頂き、お風呂に案内して、その間に客用布団を敷く。そして、一晩泊まって頂いた後、また背負って田圃にお帰り頂くという。
「全く、今どき……」
俺と兄は今夜は居間で一晩過ごす。兄がぶつくさボヤく。
『すまんのう。御手洗に行ったら迷ってしまって、客間はどっちかの』
「客間ならこの廊下を真っ直ぐ行って右手の襖の奥です」
『ありがとう』
「今の誰だ?」
思わず俺は兄と顔を見合わせた。
お題「特別な夜」
300字小説
海の都の少年
子供の頃、浜辺で遊んでいると、いつの間にか、まぎれ込んでいる男の子がいた。黒髪の麗顔の少年は、皆が誘っても浜辺からは離れようとせず
「お祖母様がお待ちだから」
と、いつの間にかどこかに帰っていった。
そんなことを思い出しながら、久しぶりの帰省で海に行く。のんびりと泳いでいると身体が沖へ、あっという間に流される。離岸流だ! と焦ったとき
「大丈夫だ」
あの少年が現れた。私の身体を抱えて泳ぎ、岸まで送ってくれる。
「ありがとう。何かお礼をさせて」
「構わぬが、其方、史跡を回るのが趣味だと言うたな。ならば、母上の墓に参られたとき、私は海の底の都で幸せに暮らしていると告げてくれ」
そう頼み、少年の姿は波間に消えた。
お題「海の底」