300字小説
愛の力
君に会いたかった。恒星間通信の画面越しでもなく、VRのアバターでもなく、直接、君に会って声を聞き、触れたかった。しかし、君と僕の間には何百光年という距離がある。
だから。
通信や映像では確立していた技術を人の移動にも広げる。きっと、君に会う。その一存で僕はひたすら研究を進め検証に励んだ。
「……愛の力って偉大よねぇ」
惚気けるおばあちゃんに思わず、息をつく。
「いくら、おじいちゃんがワープ航法を生み出したからって、そんな恥ずかしい冗談を……」
肩竦める私の脇をすり抜け
「あなた!」
庭から入ってきたおじいちゃんの腕に、おばあちゃんが抱きつく。
チャーミングな笑顔におじいちゃんがデレまくる。私は思わず空を仰いだ。
お題「君に会いたくて」
300字小説
最後の願い
亡くなった叔父の日記を手に獣道を奥へと進む。他の遺品とは別に手紙と共に俺に送り届けられた日記。それには俺への最後の願いが書かれていた。
道はどんどん狭くなり、生い茂る樹は頭上を覆う。人里から遠く遠く離れた森が不意に開けるとそこには、その額の角が万能薬になることから人に狩られて絶滅したはずのユニコーン族の里があった。
「そうですか……あの方は我々の恩人でした」
叔父は晩年、彼等を新天地に逃がす為に尽力したらしい。叔父の死を悼む彼等に別れを告げ、叔父の墓に彼等が穏やかな暮らしを取り戻していることを報告する。
……そして。
火を焚き、日記を放り込む。燃え上がり灰になったことを確認して、俺は彼等の平穏を祈った。
お題「閉ざされた日記」
300字小説
『暖かさ』の醍醐味
生徒玄関を出ると木枯らしが吹き付ける。
「うわっ! 寒っ!」
「本当に」
彼女と言い合いながら校門を出る。
だが、私はこの冬の寒さが好きだ。キンと冷えた風にピリピリする頬。そして……。
「コンビニ、寄ってく?」
「賛成!」
「私、カフェラテとあんまん」
「私はココアと肉まん」
外の駐車場で温かいものを食べる暖かさ。
「楽しかったぁ」
VRグラスを外して伸びをすると
『わざわざ寒い思いをしたいなんて解りませんね』
養育AIの呆れた声が応える。
「一年中、同じ気温のドームの中だとこういう体験がしたくなるのよ」
『しかも私にアバターまで着せて』
「『暖かい』っていうのは誰かと一緒の方がより『暖かい』のよ」
私はモニターににっと笑った。
お題「木枯らし」
300字小説
美しき人よ
『なんと美しい人だ!』
幼い頃から『政略結婚にすら使えない王女』と呼ばれていた私を見て、宮廷画家が言ったとき、冗談にもほどがあると、思わず吹き出した。
だが
『その理知的な瞳が美しい』
『執務中の横顔が』
『視察に向かう姿が』
その後も彼は私の後を追い、私の絵を描き続けた。
「寛いでいる姿もまた美しい」
「すっかり貴方に乗せられてしまったわ」
褒められるままに弟の側近を務め、その後、辺境伯として僻地の開発に勤しみ、やっと引退して私は今、隠居所の離宮で暮らしている。
「生涯を費やして国の為に務めあげた顔。皺の一本一本までもが美しい」
「はいはい」
思わず吹き出す。今日もカンバスを立て、長年連れ添った画家は絵筆を握った。
お題「美しい」
300字小説
狭くて大切な世界
『この世界は狭い。俺はもっと大きな世界に行くんだ』
そう言って村を出ていった弟のことが羨ましくない、と言えば嘘になる。しかし、俺は長男として、この狭い世界を守っていかなければならなかった。畑を耕し、幼馴染と結婚をして子を作り、父母を看取って……。弟が帰れる世界を守りながら地味な生活を送っていた。
兵士になった弟が亡くなったという便りが国軍から届いた。川に迷い込み、遡上するシーサーペントを『このままだと兄貴の村が!!』と倒そうとして亡くなったらしい。
弟の遺骨を村の共同墓地に埋葬する。
「……お前にとっても、この世界は大切な世界だったんだな……」
弟の大好物だった村名産の林檎で作ったパイを俺は墓に供えた。
お題「この世界は」