300字小説
狭くて大切な世界
『この世界は狭い。俺はもっと大きな世界に行くんだ』
そう言って村を出ていった弟のことが羨ましくない、と言えば嘘になる。しかし、俺は長男として、この狭い世界を守っていかなければならなかった。畑を耕し、幼馴染と結婚をして子を作り、父母を看取って……。弟が帰れる世界を守りながら地味な生活を送っていた。
兵士になった弟が亡くなったという便りが国軍から届いた。川に迷い込み、遡上するシーサーペントを『このままだと兄貴の村が!!』と倒そうとして亡くなったらしい。
弟の遺骨を村の共同墓地に埋葬する。
「……お前にとっても、この世界は大切な世界だったんだな……」
弟の大好物だった村名産の林檎で作ったパイを俺は墓に供えた。
お題「この世界は」
1/15/2024, 11:51:54 AM