300字小説
満月と三日月
その四角い茶色の箱は俺達にとって、お宝の山だった。
床に散らばる白い米粒をつまみながら、更に奥へと進む。
「今日は何が出るかな?」
突き当たった透明な壁をかじりとる。この向こうには必ず美味しいお宝がある。
「おっ!!」
出てきたのは茶色で塩っぱくてカリカリするもの。その次は甘くてサクサクするもの。それらを口いっぱいに頬張る。
突然、暗い空に金色の丸い月が二つ上がった。トンと何かが近くに飛び降り、鋭い三日月がいくつも降ってくる。
「にゃあぁぁ!」
三日月を必死にくぐり抜ける。俺達は茶色の壁を駆け登ると、家と続く排水口に飛び込んだ。
「ミケ、どうしたの? ヤダッ! 仕送りのダンボールの中身がネズミにかじられてるっ!!」
お題「三日月」
300字小説
今こそ憧れの時を
子供の頃、友達の家で見せて貰った、可愛いドールハウス。
色とりどりのお洋服に、小さな家具、夜は電灯を灯して光る窓。全てが欲しくてたまらなかったけど、当時の私には贅沢過ぎて、憧れて眺めるほかになかった。
あれから五十年以上が経ち、私はようやくドールハウスを手に入れた。綺麗なドレスも小さな家具も、老眼鏡越しに作り始め、飾れるようになるまでになった。
『お孫さんのプレゼントですか?』
ときにそう訊く人もいるけど。
「今日は何をしましょう」
色とりどりのお洋服を人形に着せ、小さなお庭の白いテーブルで可愛いアフタヌーンティーパーティを催す。
あの頃、憧れた楽しい時間。あの頃の私によく似た人形が満足気に微笑んだ。
お題「色とりどり」
300字小説
お出迎え
舞い上がる泥を踏みしめ、暗い海底を歩いていく。
先導はチョウチンアンコウ。降ってくるマリンスノーが肩に積もるのを、二匹のメンダコが払ってくれる。
白いクジラの骨の側を抜け、タカアシガニの間を通り、見えてきたのは横たわる一隻の艦。
『なんだ。随分と皺くちゃの婆さんになってしまったな』
二十代の姿で、艦の前にたたずむ貴方がケラケラと笑う。
「十分、長生きしてから迎えに来い、と言ったのは貴方ではありませんか」
むくれて見せると冷たい手がそっと私の頬を撫でた。
『……苦労をかけたな』
「そうですよ。これからは彼岸で十分に労わって下さいな」
頬から貴方の手を外し、しっかりと握り締める。
七十年ぶりに私達は揃って歩き出した。
お題「雪」
300字小説
歌と共に
「ワープ航法以前の恒星間探査船だな」
領海内に流れてきた不審船の内を捜索する。
「……ということは冷凍睡眠で目的星に到達するタイプでしょうか?」
「ああ」
俺はボイスレコーダーをオンにした。
『……君と一緒に……』
エネルギー不足で慣性航行に移行する旨と眠りにつくまでかけたのだろうか、今も歌い継がれる歌が流れる。
「キャプテン!」
クルーに呼ばれ睡眠室に入る。二つ並んだカプセルを覗き、首を横に振る。記録によると、この二人は上司と部下であり、パートナーだったらしい。
『……君と一緒に……』
甘く切ないサビが流れる。
この歌のように望んだとおりに一緒に逝けたのだろうか?
繰り返すメロディに俺は手を組み、祈りを捧げた。
お題「君と一緒に」
300字小説
風花の友達
子供の頃、私が住んでいた田舎の村には、更に山の奥に女性だけが住む村があった。色白に漆黒の長い髪の美しい女性ばかりの村で私はそこの村長の娘、雪ちゃんとお友達だった。
『冬になるとね、お母さん達、村の大人は雪を降らせに行くんだよ』
冬が近くなると雪ちゃんは不思議なことを話していた。
過疎化の波で村から人が減り、私の家も街に引っ越した。伯母の話では去年、とうとう村は無人になったらしい。
「……雪ちゃん達はどうしてるかな?」
まだ、あの山奥の村にいるのだろうか? 冬晴れの空にふと風花が舞い、黒髪の女性が通り過ぎる。
「……雪ちゃん……?」
女性が振り返り、笑みながら手を振る。冷たい風と共に、雪華が私の目の前に舞った。
お題「冬晴れ」