300字小説
幸せ問答
『幸せとはなんじゃ?』
学生時代、山で禁忌と呼ばれる場所に迷い込んだとき、出会った黒い影に俺は問われた。答えられねば喰うと言われたが、どうしても答えが出なかった俺にそれは笑った。
『十年後の今日、再び問う。そのとき、答えられねば喰うぞ』
そして十年後。炬燵でウトウトしていた俺の前に黒い影が現れた。
『幸せとはなんじゃ?』
「今の俺には『これ』かな?」
ようやく寝かしつけた腕の中の娘と、俺の隣で、うたた寝をしている妻。
それがニンマリと笑う。
『確かに』
答えられた祝いだと渡されたのは、新鮮なワカサギと酒の入った徳利。
『久々に良き答えを聞いた。その『答え』を大切にな』
楽しげに鼻歌を歌いながら黒い影は消えていった。
お題「幸せとは」
300字小説
最初で最後の朝日
『もう疲れたんだよ』
何度目かのダンジョン探索中。俺の行く手を遮ってきたスケルトンは剣を下げた。
『宝を守ると言っても、持ち主であるマスターはとうに逝っちまってるんだ。なあ、ここの宝を全部やるから、俺を解放してくれないか』
奴は日の光を浴びれば、消滅するという。報酬が貰えれば解決するのが冒険者だ。俺は奴を連れて地上に向かった。
ダンジョンを出、小高い山を登る。
『何処まで行くんだ』
「どうせ消えるなら、こいつが良いだろう」
東の空を指す。
『……おお』
徐々に明るくなる空が日の出を迎える。眼窩の青白い光が揺れる。
『これが朝日……なんと美しい。……ありがとう』
奴はカタリと満足げに笑んだ後、サラサラと消えていった。
お題「日の出」
今年は今日から参加していきます。
今年もよろしくお願いいたします。
300字小説
年越し夜話
「大事な時計を無くしたんだ……」
大晦日。友達と飲んだ帰り道。私は住宅街の路地でべそをかいているウサギに出会った。
「文字盤に十二支の絵が描かれた、金色の懐中電灯。あれが無いと新年になれないよ……」
ああ、飲み過ぎて幻覚を見ているんだ。
そう思いつつも、放っておけなくて、私はウサギと一緒に時計を探した。
「あった!」
電柱の影に時計を見つける。
「間に合った! ありがとう!」
ウサギが嬉しそうに時計を受け取る。
「これで、新年になれる!」
針が十二時をさすと同時に
「良いお年を」
トンボ返りを打ち、その身体が緑色に変わり、大きく長く伸びる。
「あけましておめでとう!」
ウサギの変じた龍は身をくねらせて、夜空を昇っていった。
お題「良いお年を」
300字小説
キミが残してくれたもの
毎年、年末になるとキミは『1年間を振り返る』と言って、記録をつけていた。
『キミのような長寿種と違って、ボク達、短命種にとっては1年、1年は貴重なものなんだ。だから、後で思い返す為にも、こうして記録をつけておくんだよ』
キミがいなくなってから、ボクはそれまで以上に退屈になった。キミがいたときは楽しかった季節の移り変わりも、空の色も、人の営みも、もうボクの心を動かすことはない、
でも……。
「そうか、あの年はあんな事があったんだ。この年は……」
キミの記録を読むとき、ボクは長い生の中で色鮮やかに輝いていた日々のことを思い出す。
キミが自分の為と言いつつ、残してくれたもの。今日もボクはそれのページをめくる。
お題「1年間を振り返る」
300字小説
昔も今も
『太郎くんはみかんを○個持っていました。それを○人で分けました。一人何個になったでしょう?』
小学校のありふれた割り算の問題が私は嫌いだった。兄弟とでも友達とでも、一つ足りないと、いつも我慢させられるのは大人しい私だったから。でも
「ちゃんと平等に分けろよ!」
「俺のを半分やるよ」
幼馴染はいつもそう言って、私に分けてくれた。
「お父さん、お母さん、僕、お父さん、お母さん、僕……」
息子が買ってきたみかんを一つずつ分けている。
「……一つ足りない……」
「お母さんは良いわよ」
「ダメっ!」
「良くないよな」
ぷうと頬をふくらませた息子に夫が頷く。昔どおり自分の分を分けてくれる夫とそんな夫に似た息子だ。
「ありがとう」
お題「みかん」