300字小説
幸せの代役
バーチャルワールドのキャラクターにガイドマスコットというものがある。主に初心者向けの案内役だが、なかにはファンがついていて、利用予約待ちの者もいる。彼等はファンからチップやプレゼントを貰うこともあり、一部は一種のアイドルと化していた。
「あれ?」
戻ってきたガイドマスコットが花束を抱えている。研修等に使われる、おじさんキャラで、今まで何か貰ったことなどないキャラだ。
花束は利用する度に彼を指名していた女性からで『父の代わりに貰って下さい』とメッセージがついていた。
その花束からカードが落ちる。
『お父さん、ありかとう。幸せになります』
録音された声が流れる。花束を抱えた彼の顔は何故か優しく微笑んで見えた。
お題「プレゼント」
300字小説
邪気祓い
『あの……』
真夜中、枕元で消え入りそうな女性の声が聞こえる。
『……ゆず湯、ありがとうございました』
最近、肩が異様に重いので、今夜は血行を良くしようと、入浴剤だけどゆず湯に入った。うっすらと目を開けると黒い影がベッドの脇に佇んでいる。
『……おかげでサッパリして、あちらにいけるようになりました。ありがとうございました』
影が深々とお辞儀をして窓の向こうに去っていく。
「えっ!?」
飛び起きると部屋には微かにゆずの香りが漂っていた。
そういえば昨日は冬至。ゆず湯には邪気を祓うという説があるらしい。
「……ということは、あの肩の重みは……」
そこから先は考えないことにして、私は朝食のコーヒーをグッと飲み干した。
お題「ゆずの香り」
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君を待つ
人に捕まり、空を見上げるだけだった竜の僕の檻に君が忍び込んできたのが出会いだった。
「逃がしてやるよ。だから、一度で良いから俺を乗せて飛んでくれないか?」
それから僕は一度だけでなく、何度も君を乗せて空を飛んだ。常夏の南の島。東洋の桜の山。雪に覆われた北の大地。でも、いつの頃からか君は僕の背に乗れなくなり、そして、土に還ってしまった。そのときからだ。空を飛ぶのが楽しくなくなったのは。
今日、僕は久しぶりに翼を広げた。旅のお坊さんが言っていた。人はいつかまた生まれ変わる。そのとき、空から君を見つける為に。いつも空を見上げていた君に見つけて貰う為に。
もう一度、君と一緒に飛ぶ為に、僕は大空に飛び立った。
お題「大空」
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迎えのベル
うちのばあちゃんは自分の部屋のドアにドアベルをつけていた。
「耳が遠なったから、誰か来たらすぐ解るようにな」
ベルは昔、じいちゃんと住んでいた家の玄関ドアのもので、お気に入りの音色のものだった。
カラン……。
夜中、ばあちゃんの部屋のドアベルが鳴る。部屋を伺うと
「じいさんかい」
ばあちゃんの弾んだ声が聞こえた。
カラン……。カラン……。
その後もベルは鳴り響く。
「父ちゃんに母ちゃん」
「みよちゃんまで」
「だいちゃんもかい」
ベルの音とばあちゃんの嬉しそうな声は明け方近くまで続いた。
翌朝、俺は母さんに起こされた。
「おばあちゃんが……」
あれは迎えの人達だったのだろうか。
「大勢で賑やかに……。ばあちゃんらしいや」
お題「ベルの音」
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雪夜のおでん
「すみません」
夜闇に浮かぶ『おでん』の文字に店の引き戸を開ける。ガヤガヤと話していた客が一瞬黙って私を見る。
「……しつこい同僚に付きまとわれて、おでん買いますから、匿って貰えますか?」
いくらイヴにボッチで寂しいからって、私にも相手を選ぶ権利がある。
「いいですよ。お好きな席にどうぞ」
夜闇に『おでん』の文字が浮かぶ。
「これ、美味しいですね!」
同僚の女の声に俺は引き戸に手を掛けた。
クリスマスボッチで寂しい癖に。誘ってやったのだから、付き合えばいいんだ。
戸を開ける。一斉に俺を見る金色の目、目、目。俺は踵を返して逃げ出した。
「まいどあり」
店の外は雪。おでんの入った容器を手に私はほくほくと家路についた。
お題「寂しさ」