300字小説
冬ごもり
僕はこの山に住む狼だ。と、言ってもただの狼じゃない。遠い昔に山の魔物を倒した聖獣の子孫らしい。まあ、もう特別な力は無いし、身体がデカイだけだけど。
山に雪が降り始めると僕は冬ごもりに向かう。大きな身体ではちょっと吹きさらしの寒さはキツイ。熊は穴蔵で冬眠するけど僕は……。
「おお、今年も来たか」
山の麓の国境警備隊とかいう建物で、兵士さん達がほくほくと迎えてくれる。
毛を梳いて洗ってくれて
「よしよし、警備隊の紋章の入った首輪だ」
美味しくて暖かいご飯をくれて、暖炉の前に寝かせてくれる。
僕をかまう兵士さん達の顔はどこか寂しそうで、きっと冬は寒さがこたえるのだろう。
だから皆で一緒になって、暖かく過ごすんだ。
お題「冬は一緒に」
300字小説
年の瀬の雪の夜に
雪がちらつく夜。一杯引っ掛けたくなって、赤提灯を下げた居酒屋に入る。カウンターで突き出しをツマミに熱燗を啜っていると、奥の座席で客達の交わす、とりとめもない話を、にこにこと聞いている男に気付いた。
「ここの皆の衆にとっては今年もそこそこに良い年であったようじゃな」
善き哉。男が盃を飲み干す。
「あの人は……」
店の親父がぼそりと俺に告げる。
「……おや、貴方には見えるのですか? 今年の年神様ですよ」
「おあいそ。来年の年神もよろしく頼む」
目の合った俺に、にこと笑って、男が親父に小さな熊手を渡す。
「残り十三日、大事なく息災でな」
カラリと戸を引く。積もりだした新雪に足跡を付けることなく男は夜道を去っていった。
お題「とりとめもない話」
300字小説
子供の守り神
生後半年を過ぎると赤ん坊は母親から貰った免疫が切れるという。
うちの娘も七ヶ月で初めて風邪をひいた。熱を計り、座薬を入れ、鼻水を吸い、ぐずるのを妻と交代で抱いてあやす。変われるものならと抱きながら、うとうとしていると
『姫の一大事じゃ!』
『使いの者は帰って来ぬか!』
『ただいま帰り申した!』
『して、狐の長老はしかと薬を渡してくれたか!?』
『供物を渡したら、大喜びでくれ申した!』
『ささ、姫。この薬をお飲み下され』
翌朝、娘の熱はすっかり下がっていた。じいさんに、この家には子供の守り神がいるとは聞いていたが……。
「……俺の秘蔵の地酒が無い……」
どうやら、供物とやらに使われたらしい。
「……まあ、いいけどな」
お題「風邪」
300字小説
雪が降ったら
『雪が降ったら迎えに参ります。それまで、お待ち下さい』
別れ際の彼の言葉がお別れの言葉だったことに気がついたのは追放先の地に着いてから。この北の地は寒いが、湿度が低く雪は降らない。そして。
彼が学友のマリーと結婚したという知らせが届いた。
吹きすさぶ風の中、私は失意のまま胸に短剣を突き立てた。
雨が多かった今年、学友のクララ様がいる北の地にも雪が降ったと聞いた。追放が決まったとき優しい彼女は夫の為に身を引いたと聞いている。
「クララ!」
庭から夫の叫び声が聞こえる。駆け付けるとクララ様が彼に抱き着いていた。
「待っていた雪が降りましたのよ。さあ、御一緒に」
悲鳴が響く。ちらつく雪の中、二人の姿が消えていった。
お題「雪を待つ」
300字小説
世界で一番のイルミネーション
車椅子に酸素ボンベを取り付け、妹を乗せる。ベルトで固定し毛布でくるむ。
病院のドアが開く。
「出発!!」
駅の駅員さん、学生のお兄さん、お姉さん。マッチョなおじさんに飴ちゃんをくれたおばさん。いろんな人に助けられ、エレベーターとスロープを駆使して、コロニーの端に向かう。
「お兄ちゃん!」
見えて来たのは展望台。外殻の窓越しに広がる宇宙空間。その先には……。
「綺麗っ!!」
妹の歓声が響く。夜の地球に浮かぶ灯りは、世界一美しいイルミネーションだ。
「ありがとう。お兄ちゃん」
妹が両手を握る。
「私、手術、頑張る! そして、今度はあそこから見るんだ!」
指さす先には無重力展望台。
僕はその細い小指に自分の小指を絡めた。
お題「イルミネーション」