300字小説
貴女の隣は
私が仕えていた聖女に突然のスキャンダルがわき起こった。彼女の人気を危うんだ貴族のでっち上げ。彼女も私も負けまいと戦ったが、仕える巫女達の未来を人質にとられ、聖女は
「ありがとう。ごめんね」
と言い残し、最果ての神殿に行ってしまった。
最果ての神殿の冬は早く長い。しかし、厳しい自然の中、寄り添い生きる人々を聖女として支えながら、私も慎ましく穏やかに過ごしていた。そんななか、深い雪をかき分けて、王都で私に仕えていた騎士が、この神殿に赴任してきた。
「王都でポカをして飛ばされてしまいました」
一年前より随分と逞しくなった顔で、楽しげに笑う。
「ところで貴女の護衛騎士の座はまだ空いていらっしゃいますでしょうか?」
お題「ありがとう、ごめんね」
300字小説
曰く憑きの部屋、その後
部屋の片隅には盛り塩。床の間の掛け軸の裏と押し入れの天井には魔除けの札。
高級旅館なのに格安で泊まれるという部屋は完全に曰く憑きの様相を醸し出していた。
「……これ、絶対に出るヤツだろう……」
結論から言うと何も出なかった。帰ってからも肩が重いとか、体調が悪いとか、不幸な目に遭う……なんてことも無い。ただひとつ変わった事は……。
「おかえりなさい。今日の晩御飯は寄せ鍋よ」
帰宅した翌日、俺に一目惚れしたという女の子が押し掛け女房のごとく住み着いただけで。
「良い匂いだな。でも本当にここに居て良いのか?」
「ええ、あなたの側にずっといたいの」
彼女がゾロリとした黒髪をなびかせて笑う。俺は思わず照れて頭を搔いた。
お題「部屋の片隅で」
300字小説
師走の礼
夜、目が覚めると部屋が逆さまになっていた。
いや、違う。俺が逆さまになっているのだ。目の前に眠っている俺の顔がある。その上に俺が逆立ちするように浮いているのだ。
『幽体離脱!?』
まさかお笑い芸人じゃあるまいし。身体に戻ろうともがくが、手足は空を掻くばかり。どんどん上に上がっていき、背中が天井に着いたとき
『しょうがねぇなぁ』
呆れた男の声がして、グイッと肩を押される。俺はそのまま落ちて身体にぶつかり、目覚めると普通にベッドで眠っていた。
大掃除。念を入れてタンスの天板を掃除する。その後
「誰か知らんがありがとう」
盆に礼の餅とみかんを乗せて置いた。
『こいつは良い』
あの声がする。見上げると盆は空になっていた。
お題「逆さま」
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リベンジマッチ
子供の頃のクリスマスイブ。プレゼントが嬉しくて眠れないほど興奮していた俺はサンタに会った。
「おわっ!」
置いたプレゼントに飛び付いた俺に驚いたのは、まだ若いヒョロリとした青年だった。
「……見られたぁ」
新人のサンタだったらしい。俺は落ち込む彼を慰め、元気つけ、再び星空に飛び立つ姿を見送った。
「……彼か」
サンタへの手紙。欲しいプレゼントが書かれた便箋に、添えられた便箋は昔、新人の僕を見てしまった男の子からだった。
「彼も父親か」
『息子には見つからないようにしてくれよ』
思わず苦笑する。
「もうベテランだよ。よし、リベンジマッチだ」
僕はニヤリと笑うと彼の息子さんのプレゼントに、彼の枕元に置くワインを添えた。
お題「眠れないほど」
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夢か現か
宇宙飛行士になるのが夢だった。宇宙エレベーターの先端の研究所で技術者達と最先端の研究を行うのが。しかし、現実は俺はしがない作業員としてエレベーターの保守点検をする毎日だ。だが。
「いつ見ても、これが現実とは思えないな」
浮かぶ青い地球。灰色の月。鮮やかなガスに彩られた無数の星。現実なのに夢のような光景が目の前に広がっている。
作業を終え、事務所に戻ると携帯端末に妻と娘からのメッセージが届いていた。
「おっ、着いたか」
俺に会いに、エレベーターのホテルに二人が来てくれた。端末で事前に予約した展望台の日時を確認する。
この夢のような現実に娘は何を感じるのだろうか?
唇が緩む。俺は彼女にメッセージを送り返した。
お題「夢と現実」