300字小説
勇者の親友に転生したので、魔王をサクッと倒してきます
「……くっ!」
勇者を魔王の攻撃からかばい、床に叩き付けられた瞬間、俺は思い出した。自分がこの小説の作者であることを。
「マジかよ」
家の階段から落ち、気が付いたら勇者の親友としてパーティの一員になり旅をしてきたのだ。そして……。苦戦する仲間に激を飛ばす。俺は魔王のことを一番よく知っている。
「ヤツの弱点は!」
「俺はここで。さよならは言わないよ。また会えるから」
国に戻る仲間を見送り、俺は目覚めた。あの後、頭を打ち、一週間ほど眠っていたらしい。喜ぶ両親にパソコンを持ってきて貰うよう頼む。立ち上げ、小説の文書ファイルを開く。
「ほら、会えた。ごめんな」
俺は魔王を倒したまま放置していた小説の続きを書き始めた。
お題「さよならは言わないで」
300字小説
最後の嘘
この国では光と闇、生者と死者の国の間に黄昏の国があると言われている。その国で死んだ者は一時、留まり、未練を払って死者の国に逝くと言われていた。
黄昏の国は時折、夕暮れ時に生者の国に繋がるとも言う。
思わず斧を取り落とす。夕暮れの森の切株に座っていたのは、昨年、風邪を拗らせて逝った君だった。
伸ばした腕がすり抜ける。君は俺を見上げ睨んだ。
『いつまでくよくよしているの。そのせいで私、黄昏の国で出来た好きな人と一緒に逝けないじゃない』
君の眉が上がる。嘘をつく時の癖だ。でも……。
「俺のせいで逝けないのは本当なんだな」
君が俺の頬に口づける。
「幸せになってね。……さようなら」
その姿がふわりと夕風に乗って消えた。
お題「光と闇の狭間で」
300字小説
会えない君に
星空に受信機のアンテナを向ける。宇宙には様々な方法でいろんな通信が飛び交っている。機密性の高いものから、ごく一般の誰に宛てたか解らないものまで。それを傍受するのが僕の趣味だ。
最近、聞いているのは古い通信だ。おそらく地球から数十光年離れた距離の、開拓惑星の誰かが、知らない誰かに届くことを望んで流した通信。そのユーモアを交えて語られる開拓生活は僕を魅了した。
今夜、僕は発信機のアンテナを空に向ける。通信の内容を調べて解った事実。かの星はガンマ線バーストを浴び、生存者はもう存在していない。途絶えた通信に今度は僕から返す。彼が好きだと話していた歌手の最新曲を、もういない彼に届くように星空に向けて流した。
お題「距離」
300字小説
人魚の恩返し
しくしく……。伯父が人払いをした部屋から泣き声がする。私は鍵を盗んで扉を開けると中の盥に入った人魚の子に話し掛けた。
「泣かないで。海に帰してあげるから」
伯父は不老不死になる為、友人達とこの子を食べるつもりだ。私は濡れた布で彼を包むと海へと連れ出した。
「……その後、ばあさんは伯父の怒りに触れ、家を追い出されたのだがな」
そんな祖母を漁師の祖父が助け、二人が結婚して、親父と俺がいる。
「……波間で人魚が尾を振った。海が荒れるぞ」
親父が漁船の網を引き上げる。それ以来、恩返しか人魚は海で危ういことがあると俺達一家に教えてくれる。
空に灰色の雲が流れ出す。鈍色に変わった波間に大きな尾びれが白い波飛沫を上げた。
お題「泣かないで」
300字小説
雪おこしの客
その大柄で筋骨隆々の男の客は毎年、冬のはじまりの冷たい氷雨が降る夜に父の営む居酒屋にやってくる。
甘エビ、ブリ、カニ。冬の日本海の幸を肴に熱燗で日本酒をキメた後、締めに新米で握った塩むすびを食べる。
「さて、仕事に戻らねばな。大将、おあいそ」
「お客さん、今年はお手柔らかにお願いしますよ」
席を立つ男に父が声を掛ける。
「それは冬将軍次第だからな」
客が私がレジで打った金額より多めに金を払う。
「お嬢ちゃんも冬支度をしっかりな」
にっと笑って帽子を被り直した客の頭には角らしきものが二本生えていた。
「あのお客さんは、ここに住む者に雪の知らせを届けてくれるんだ」
氷雨が霙に変わる。雪おこしの雷が夜の空に鳴り響いた。
お題「冬のはじまり」