300字小説
雪おこしの客
その大柄で筋骨隆々の男の客は毎年、冬のはじまりの冷たい氷雨が降る夜に父の営む居酒屋にやってくる。
甘エビ、ブリ、カニ。冬の日本海の幸を肴に熱燗で日本酒をキメた後、締めに新米で握った塩むすびを食べる。
「さて、仕事に戻らねばな。大将、おあいそ」
「お客さん、今年はお手柔らかにお願いしますよ」
席を立つ男に父が声を掛ける。
「それは冬将軍次第だからな」
客が私がレジで打った金額より多めに金を払う。
「お嬢ちゃんも冬支度をしっかりな」
にっと笑って帽子を被り直した客の頭には角らしきものが二本生えていた。
「あのお客さんは、ここに住む者に雪の知らせを届けてくれるんだ」
氷雨が霙に変わる。雪おこしの雷が夜の空に鳴り響いた。
お題「冬のはじまり」
11/29/2023, 11:15:25 AM