いぐあな

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11/28/2023, 11:37:43 AM

300字小説

貴女が願ったから

『この地を荒れたままで終わらせないで。お願い、元の緑豊かな地に戻してちょうだい』
 そう貴女が願ったから、私は今日も鍬を手に荒れ果てた地と向かい合う。
 井戸を掘り、水路を作る。水を引き、枯木の切株を掘り起こし、土をすく。
 さあ、何を撒き、何を植えようか。
 先ずは貴女の好きだった花が良い。

 禁忌の魔法により川は枯れ、緑が枯死したという地を訪れる。
 そこに広がっていたのは、以前よりも更に豊かになったという農地と森、水を湛えた灌漑用の溜池と水路だった。
「この地を訪れた魔法使いの下僕が、この地をよみがえらせてくれたのです」
 村外れの墓地に向かう。魔法使いの墓の前に動きを止めたゴーレムが花に埋もれて、たたずんでいた。

お題「終わらせないで」

11/27/2023, 11:24:18 AM

300字小説

ロボットのホットワイン

 ……声のかすれ、発熱、咳、鼻水。風邪の症状を感知した博士をベッドに寝かし、キッチンに向かう。
 今は亡き奥様のホットワインのレシピをメモリーから呼び出し、コンロに小鍋を掛ける。
 赤ワインに砂糖を加え、シナモンスティックとグローブ、スターアニスを入れて温め、カップに入れてオレンジのスライスを浮かべる。
『後は愛情をたっぷり注いで出来上がりよ』
 メモリーの中の奥様が私を見て微笑んだ。

「これをどうぞ」
 身体を起こし、カップを渡す。一口啜って博士が
「彼女と同じ味だ」
 嬉しそうに呟いた。
「ロボットの私では愛情は込められませんでしたが」
「いや、そこも彼女と同じ愛の味を感じるよ」
 博士は更にカップを傾け、私を見て微笑んだ。

お題「愛情」

11/26/2023, 11:45:57 AM

300字小説

新鮮なお代

 人気の無くなった夜の通りから女性が薬店に入ってくる。
「子供が熱を出しました。お薬を頂けないでしょうか?」
 心配げに頼む女性のスカートの裾から茶色の尻尾が見え隠れする。彼等に果たして人の薬は効くのか。病状を聞くと熱はそこまで高くないらしい。
「微熱ならビタミンを取って、暖かくして寝るのが一番だよ」
 リンゴとみかん、使い捨てカイロを袋に詰めて渡す。
「お代は良いから、これを持ってお帰り」
 女性は何度も頭を下げて店を出ていった。

 数日後、店を開けるとシャッターの前に、女性に渡した袋が置かれていた。
「……ワカサギか。子供さん、治ったようだね。ありがとう」
 新鮮なお代に礼を言う。朝霧の中、小さな足音が去っていった。

お題「微熱」

11/25/2023, 12:01:10 PM

300字小説

冬晴れの奇跡

 冬晴れの太陽の下、小学校の校庭に子供の影だけが現れる。
 一人、二人、三人……。飛び跳ねる、たくさんの影は大きさも服装も様々で、何からの事情で学校を卒業出来なかった子供達の影だという。
 からっ風の中、聞こえない歓声が上がった。

 昼下がりの住宅街を焼き芋屋のトラックが走る。一つ買い求め、焼き芋を影に向かって差し出す。たくさんの影の手が伸び、それぞれが影の芋を持って、好きな場所に散らばり仲良く食べ始める。
 そのうちの一つ、見覚えのある帽子を被った男の子が俺の影に並んだ。俺が四年生のとき、都会の病院に入院して帰って来なかったアイツの影か。
「良い天気だな」
 鉄棒に寄り掛かる。俺達はあの頃のように焼き芋を頬張った。

お題「太陽の下で」

11/24/2023, 10:52:08 AM

300字小説

内助の功

 うちの課の課長は有能で人柄も良く、上司や部下からの信頼も厚い。お子さんはいないが奥さんとの仲も良好で冬は毎年、手編みのセーターを着ている。
「内助の功ってヤツなのかなぁ」

「ただいま」
 夫が帰ってくる。
「また妙な黒い影に付きまとわれたよ。昔懐かしオヤジ狩りって奴なのかねぇ。こんなオッサンを着けたって面白くないだろうに」
 苦笑する肩に憑いた陰をコートを預かるふりをして祓う。
 人柄が良すぎるせいか良縁も悪縁も引き寄せてしまう人。夜が長くなるこの時期は特に悪いモノに憑かれやすい。
「明日は休みですし、一本つけましょうか?」
「良いね」
 編みかけの魔除けの文様模様編みセーターを片付け、私は清めの酒をとっくりに注いだ。

お題「セーター」

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