300字小説
憧れの重力
そこは憧れの場所だった。
コロニー外殻近くの老朽化した元建設作業員の仮設住居に住みながら、俺は母星である青い星を見つめていた。
あそこに住めるのは、億万が着く金持ちと研究者のみ。いつか、あの美しい星に降り立つのだと必死に努力した。
「博士、地球勤務、おめでとうございます」
「ああ、やっと夢が叶ったよ」
ひたすら勉学を積むことで俺は、ようやく地球の調査隊に選ばれた。シャトルで宇宙エレベーターに向かい、地上に降りる。
階が下がるごとに身体が重く、落ちていくような感覚を覚える。
「コロニーの擬似重力しか知らない方には惑星重力はキツイでしょう?」
眼下に近づく青の水平線と緑の地平線。
「いや、これも憧れの重さですよ」
お題「落ちていく」
300字小説
夫婦岩の事情
うちの神社には『夫婦岩』と呼ばれる大小二つの岩がある。昔は裏の高台に二つ並んで鎮座していたが、随分と前に地震で妻の岩が神社の境内に落ち、離れ離れになってしまっていた。
「離れた当初は、互いに戻りたくて動こうと震えたとか、戻れなくて風にしくしくと泣き声が流れたとか言われていたけど……」
そんな伝説も今は昔。現在は二岩とも静かに佇んでいる。
先日、弱い地震の後、それまでの雨で地盤が緩んでいたのか、夫の岩が妻の岩の隣に転がり落ちた。
百何十年かぶりに揃った夫婦岩。
しかし、数日後、夜風に言い争う男女の声が混じり、何かが転がる音が聞こえた翌朝、境内の端っこに妻の岩が移動していた。
「……夫婦って複雑なんだな……」
お題「夫婦」
300字小説
男とピンと月の舟
私はキラキラと大小の星が無数に流れる川のほとりにいた。
隣では赤い髪の大柄な男の人が
「どうしよう……どうしよう……」
青い顔で呻いている。
「どうしたの?」
「……ちょっと地上でのんびりし過ぎていた。早く戻らないと『とうとう爆発したか!』と大騒ぎになる」
男の人が私の髪を止める星の着いたピンを見る。
「それだ!」
「どうすればいいの?」
「それをちょっと貸してくれ!」
ピンを渡すと川端の半月の舟に飛び乗る。彼はピンを大きくして櫂のように星の川を漕ぎ上がった。
「……変な夢を見たな」
朝起きると枕元に何故か星が増えているピン。
テレビから、この数日、暗く光を失っていた変光星がまた赤く輝き出したというニュースが流れた。
お題「どうすればいいの?」
300字小説
宝物の味
妻が亡くなってひと月。彼女の使っていた棚を整理する。家計簿に息子の保育園のお知らせを綴った綴り、町内会の当番表などと一緒に何冊か手書きのノートがあった。
「……これは……」
「美味しい!!」
妻がいなくなってから、あまり食の進まなかった息子がガツガツと俺の作った料理を頬張る。
「……本当に美味しいな」
俺も試しに自分用に作ってみた、おかずを口に運ぶ。妻のあのノートに書かれていたのは、俺と息子の好みに合わせつつ、野菜や肉、魚をバランスよく取れるレシピ集。彼女の愛情に溢れる宝物の味を噛み締める
「おかわり!」
「パパもおかわりだ」
君のぶんも頑張るから見守ってくれ。
空になった皿を手に俺は彼女の笑顔の写真に誓った。
お題「宝物」
300字小説
『友達』
昔、村の子供達の間で、窓辺にキャンドルを置いて、その光を皿や板で遮って、信号を送る遊びが流行ったことがあったんだ。
子供ながらに光の回数で伝えるメッセージを決めたりしてね。皆で夢中で信号を送り合った。
その時、誰かが森の方から青い光が同じようにメッセージを送ってくることに気がついてね。私達は彼も交えて毎晩、遊んでいたんだ。
しかし、その事を知った親達が領主様の元に出かけ、森に討伐隊が入って……。
森の入口の小さな花畑にじいさんが祈りを捧げる。
「討伐隊の騎士も親達も魔物が私達を誑かしていたと言ったけどね……。私達も彼も楽しいメッセージしか送り合ってなかった。彼は間違いなく私達の『友達』だったんだよ……」
お題「キャンドル」