300字小説
思い出のお裾分け
小学校の頃、秋の遠足で近くの山に登った。中腹にあるアスレチック広場で遊んでいると広場のクヌギの木が雨のように褐色の落ち葉を降らせてきた。
『小鳥が鳴いてる!』
『カブトムシが蜜を舐めている!』
落ち葉を拾った友達が次々とそんな光景が浮かんで見えると声を上げる。
僕らは夢中で葉を集め出した。
その冬、クヌギの木は倒木したらしい。幹の中が空洞になっていたという。
あの落ち葉は死期を悟ったクヌギが自分のたくさんの想い出を乗せて、散りばめたものだったのだろうか。
あの時の押し葉で作った栞を手に取る。
春風に小鳥の声。木漏れ日に蝉の声。秋風に枝を渡るリス。木枯らしに舞う雪。
今も、そんな景色が浮かんで見える……気がした。
お題「たくさんの想い出」
300字小説
送り鬼
俺の住む町は冬になると『雪鬼』が出るという。
昔、ここが山沿いの集落だった頃、山に出かけ、不運にも凍死した猟師や炭焼きの魂が降りてきて、暖を求めて彷徨い歩くのだと言われていた。
忘年会でつい飲み過ぎ、終バスで帰ってきたものの、待合室のベンチで潰れて眠っていたはずの俺の身体が、誰かの藁を編んだ簑のチクチクする背中に担がれている。ボソリボソリと藁靴が凍った雪道を踏む音と共に呆れた声が聞こえた。
『……あんなところで夜を越して、かかあや子を置いて、あちらに逝ってしまったらどうする』
翌朝、妻の話によると、いつの間にか俺はベッドで寝ていたらしい。二日酔いの頭を抱え起きる。枕元から床に柿の実がころりと転がった。
お題「冬になったら」
300字小説
志
それは貴方の口癖だった。
『確かにこの地下都市の人口は減る一方だ。他の地下都市も。人類は緩やかに滅亡に向かっていると考えていいだろう』
『だからと言って、俺達がライフラインの保守点検整備の手を抜いて良いはずがない』
『俺達は例え人類が最後の一人になったとしても安全な日常の中で最後を迎えられるように尽くす』
「第一核融合炉に不調が!」
「メインを第二核融合炉に切り替え! 更に予備として第六、七、八融合炉の出力をアップ! 緊急マニュアルに従い第一融合炉の稼働を停止します!」
「はい!」
作業員が各融合炉の操作パネルに着く。
五年前に遠く彼岸に旅立ってしまった貴方。はなればなれになっても貴方の志は皆の中に生きている。
お題「はなればなれ」
300字小説
お礼参り
木枯らしが吹くと思い出す。小学校の頃、通学路の途中にダンボールに入れられ捨てられた子猫。友達数人とコッソリ飼うつもりだったが、あっけなく親に見つかり『命の責任』について、みっちりと叱られた。
その後、子猫は一時的にうちで保護し、動物病院を経て、貰われていった。
今年も木枯らしが夜の町を吹き抜ける。就職し、実家を出で、生まれた町を離れた私の、一人暮らしのマンションのガラス窓を揺らす。
『にゃー』
夜中、目が覚めると、布団の上によぼついた猫が。その額のハート型の黒い毛はあの時拾った猫そっくりで。
あの時はありがとう。お陰で良い猫生を送れた。
不思議とそう聞こえた鳴き声の後、布団から降り、猫は消えていった。
お題「子猫」
300字小説
故郷
青い空に細い雲がたなびく。
紅葉した木々の向こう、煌めきながら揺れるススキの穂の上を、もう地球では見られないという赤トンボがつうと飛んでいく。
古風な家の庭の木の葉陰から覗くオレンジ色の柿の実。それをもぎ取る歓声が秋の里に響く。
やがて、日が傾き、空が赤から藍に染まっていく。
終わりを告げるような秋風が吹き、シルエットになった山裾に夕陽が沈んでいく。
プログラムが終了し、一人、また一人と名残惜しげにVRグラスを外して、人々が惑星開拓基地の部所へと戻っていく。
半円形のドームの向こうは、灰色の岩と土、点在する重機。
いつか、この地がVRで見た、情緒あふれる故郷になることを願って、彼等はまた開拓作業に勤しむ。
お題「秋風」