300字小説
異国の舞姫
遠征から帰ってきた父王が南の王国から奪ってきたという耳飾りを付けて凱旋の宴に出る。
注がれる祝杯を干し、花嫁候補の姫君達とのダンスも終え、私は酔いをさます為に庭園に出た。
「殿下、私とも踊って頂けますか?」
ふと、気がつくと異国風の薄衣を重ねたドレスを来た姫君が私の手を取った。
姫君の口から甘い異国の歌が流れる。私と相向かい、見慣れぬ踊りで妖しく腰を振りながら、姫君が近づく。嗅ぎなれぬ香水の匂いが鼻に届く。
「……殿下」
頬に触れた柔らかな感触に飛び退くと姫君の手には耳飾りが。
「我が君の大切なものを返して頂きました」
嫣然とした笑みを浮かべ、姫君がふわりと塀に飛び乗る。
「では。縁があったらまた会いましょう」
お題「また会いましょう」
300字小説
緊急事態レース
小惑星帯に向かう貨物運送船の発着デッキに向かう。
「元小惑星帯レーサーのパイロットですね。惑星時21時18分、小惑星帯からこちらに向かう観光船が遭難しました。乗客乗員157名。残存酸素量は残り8時間分です」
壮年の運送業の男がニヤリと笑って振り返った。
事故救助隊と酸素タンクを乗せ、自分の船に乗り込んだ男がAIに呼び掛ける。
『話は傍受していました。レースーシップモードを起動、チェックも完了しています』
「さすがだ、相棒。じゃあ、ちょっくら行くか」
男がパイロット席に座る。
「……157名の命が掛かっていのですが」
「緊張しては上手くいくものもいかねぇ。こういうのはスリルを楽しむくらいの気持ちでやらないとな」
お題「スリル」
300字小説
飛べない翼の代わりに
俺がこのパラグライダースクールを始めた頃だ。
一人の青年がバイトとして働きに来てくれていた。
『お金はいりません。ただ一度で良いんで、青い空の下を飛びたいんです』
住所不定、身分証明なし。怪しいこと、この上無かったが、空を見上げる憧れの瞳に絆されて雇っていた。
バイトをしつつ、ライセンスを取り、ようやく彼が空を飛んだ日。
夢を叶えた、あの感極まった顔と笑顔は忘れられないよ。
その夜は終業後、ささやかな酒宴を開いてな、飛べたお祝いをした。
ん? その彼は今どこにって?
青年の彼はその夜以来、見ていない。
ただ、翌日、スクールを開けたとき、床に転がっていた、ニワトリのおもちゃなら、あれ以来、そこの棚に飾ってあるよ。
お題「飛べない翼」
300字小説
ススキヶ原の隠し人
学校の帰り道、自分の影に襲われそうになったことがある。紅く染まった夕暮れの中、伸びた影が勝手にゆらゆら蠢くのが怖くて、泣きながら走っていたとき、薄い茶色の指が僕の手を取った。
『逢魔ヶ刻が終わるまで』
『隠してあげる』
『月が昇るまで』
白髪頭の細い人の群れ。それもそれで十分怖い見た目だったが、声と共に流れるさやさやという音が優しくて、僕は彼等の導かれるまま、彼等の中に入って隠して貰った。
あの後、僕はススキの原の中で、丸まって眠っているところを発見され、無事に家に帰ることが出来た。
今でもススキの原を通るとき、さやさやと風に鳴る音を聞くと思い出す。
茶色に枯れ染まったススキに、今年初めての雪が降り始めた。
お題「ススキ」
300字小説
見覚えのない懐かしい景色
手術が成功し、退院してから、私の脳裏にある景色が流れるようになった。
穏やかな田園風景。緑の丘が地平線まで広がり、牧畜と思われる動物がのんびりと草を食んでいる。青い空に浮かぶ白い雲。緑の中の小道を子供達が笑いながら駆けて行く。
ドーム都市で生まれ、ドーム都市以外、ほとんど出たことの無い私には全く見覚えの無い景色。だが、懐かしさを感じる景色を描いてSNSに流すのがいつしか日課になっていた。そして……。
フォロワーのフォロワーを辿って教えて貰った場所に行く。農業区域の小さな町。脳裏と全く同じ景色が広がる。この町の誰かが脳死状態になり、その心臓が私に。
「帰って来れたね」
私は胸に手をおいて、そう語り掛けた。
お題「脳裏」