300字小説
俺の合理性
衛星基地に務める警備員には、一人一体、ロボットのパートナーが着く。
「逃げたペットの保護など業務外です。意味がありません」
「無くしたぬいぐるみの捜索など意味が……」
「超過勤務は作業効率から意味がありません。私の方で休暇届を出しました」
俺の相棒は『意味がない』が口癖の合理性一点張りの奴だった。
崩れる天井から俺を助けた奴が瓦礫の下から言う。
「施設内の職員は全て避難しました。後は貴方が脱出すれば人的被害は0です」
「そうだな」
有り合わせの機具で奴の頭部を何とか外し、脱出口に向かって走る。
「一刻を争うときにロボットを助けるなど意味のないことを!」
奴の非難にニヤリと笑う。
「俺には十分、意味があるんだよ!」
お題「意味がないこと」
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贄の身代わり
「貴女様と私はそっくりですもの。私が身代わりになりますわ」
遠い昔に退治されたという山の魔物の生贄の矢が村長の家の屋根に刺さった。村長の娘は私一人。それに姉やが身代わりを申し出、山へと上がっていった。
今でも、あの出来事はよく覚えている。姉やはそのまま行方不明となり、若い男が一人、村から消えた。
あのとき、私には婚礼の話があり、姉やは私に付いて、今の嫁ぎ先の下女になる予定だった。
「……もしかしたら……」
あの矢は後で調べたところ、飾りを付けて染めただけの普通の矢だったらしい。
芝居小屋の帰り。のんびり茶店でお茶を飲む。
通りの向こうを私によく似た女性が、彼女によく似た子供を連れて、楽しげに歩いていった。
お題「あなたとわたし」
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待ち人来たり
霧雨の中、誰かに呼ばれた気がして、見知らぬ喫茶店のドアを潜る。
カウンター向こうのマスターが私を見て、目を細めた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
カウンターに座った私にマスターはコーヒーと一緒に古い腕時計を出した。
「こちらのお客様がお待ちでした」
引っ越しのときに無くしたと思っていた祖父の腕時計。
「性質の悪い業者に掠め盗られ、ネットオークションを転々とされていたそうです。その後、うちの店に来られ、貴女を待っておられました」
不思議な話に首を傾げつつも、礼を言い、時計を受け取り、コーヒーを飲んで、店を出る。
柔らかな雨が上がり、秋陽が差す。腕に巻いた時計が、軽やかな音を立てて動き出した。
お題「柔らかな雨」
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勇者の帰還
村から北へと向かう道を眺め、今日も私は木に水をやる。
長引く魔王軍との戦いに第五次討伐隊の勇者として選ばれた婚約者が
『必ず帰ってくるから』
と渡してくれた白い花の咲いた枝。それを植え、育てた木に今日も彼の無事を祈る。
「第十次討伐隊の勇者が魔王を倒したぞ!」
それまでの討伐隊がなしえなかった魔王討伐をついに成功させ、無事勇者が王都に帰還したらしい。国中が喜びに湧き、こんな辺境の村にも伝令が回り、皆が盛大に祭を催す。
ようやく訪れた平和に誰もが安堵し祝うなか、私は今日も一人、北へと向かう道を眺め、木に水をやる。
「……あ」
一筋の光が差し込み、木の枝に送られたのと同じ白い花が咲く。
「……おかえりなさい。貴方」
お題「一筋の光」
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遺品の塔
この大陸北端の岬には潮の流れで、海で亡くなった人の遺体や遺品が流れ着く。岬の魔法使いである、私の師匠は流れ着いた遺体を葬り、遺品を岬の塔に安置していた。
高い塔に設えた棚に並ぶたくさんの遺品。
『こんなに集めてどうするのですか? 哀愁をそそるだけでしょう』
以前、そう問うた私に師匠は苦笑しながら答えた。
『そうじゃない。そんなんじゃないんだよ。……いずれ君にも解るよ』
師匠から岬の魔法使いを継いだ私の元に客人が訪れた。その男を岬の塔に案内する。棚を埋め尽くす遺品を見ていた男がナイフを見留め、握り締めた。
「……やっと会えたな……」
肩を震わし泣く男。
私は指にはめた師匠の形見の指輪を撫で、静かに塔を後にした。
お題「哀愁をそそる」