300字小説
待ち人来たり
霧雨の中、誰かに呼ばれた気がして、見知らぬ喫茶店のドアを潜る。
カウンター向こうのマスターが私を見て、目を細めた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
カウンターに座った私にマスターはコーヒーと一緒に古い腕時計を出した。
「こちらのお客様がお待ちでした」
引っ越しのときに無くしたと思っていた祖父の腕時計。
「性質の悪い業者に掠め盗られ、ネットオークションを転々とされていたそうです。その後、うちの店に来られ、貴女を待っておられました」
不思議な話に首を傾げつつも、礼を言い、時計を受け取り、コーヒーを飲んで、店を出る。
柔らかな雨が上がり、秋陽が差す。腕に巻いた時計が、軽やかな音を立てて動き出した。
お題「柔らかな雨」
11/6/2023, 11:53:04 AM