300字小説
父と子の物語
マスターが電子ブックに今回の航海の探査記録を書き込み、私からDLしたデータも記録する。
「この記録は俺とお前、二人の物語だな」
「アシスタントアンドロイドの私に主観的な見解はありませんが?」
「それでも、俺の目とお前のカメラアイでは映るものが異なる。これは、お前の物語でもあるんだ」
何十回と重ねた未知の宙域の探査航海の末、マスターは私に船と財産と記録、全てを残して亡くなった。
私は今、マスターが探査し切れなかった宙域を前にしている。
船のコックピットで電子ブックを開き、まず綴る。
これから先、記録するのはマスターの物語の続きであり、彼から『息子』として全てを受け継いだ私の目を通した、もう一つの物語でもある。
お題「もう一つの物語」
300字小説
妖の仁義
闇夜の暗がりの中から聞こえてくるのは妖の声。会いたい人の声を真似て、おびき寄せ、喰ってしまうのだという。それでも良い。もう一度、母さんの声が聞きたい。
新月の夜、僕は妖の居るという山に向かって叫んだ。
「お母さん!」
呼んだ僕の声に応えたのは……。
「うるせぇ! お前の母ちゃんはとっくにあの世に逝っちまったんだよ!」
しゃがれた怒鳴り声だった。
「折角のご馳走、逃がしてしまって良かったのかよ」
「けっ! あんなしょぼくれた餓鬼なんか喰っても美味かねぇよ!」
『妖でも痛いものは痛いものね』
猟師の罠に掛かった俺を助けてくれた優しい女性。
足に残った古傷をさする。
「……アンタの代わりにアンタの息子は俺が見守ってやるよ」
お題「暗がりの中で」
300字小説
山のお茶会
「今年は夏の君が居着いて……それがやっと去って、美しく化粧しましたのに」
「はあ……」
秋の登山。鼻をくすぐった紅茶の香りに気が付くと、俺は紅色の着物を着た娘のお茶会に座っていた。
「なのに、しるばーうぃーくが過ぎたとかで誰も見に来てくれませんの! しかも秋の君があっという間に去ってしまって、来週には冬将軍が来ますのよ!」
娘が文句を言いつつお茶を入れる。
「もう! 憂さ晴らしにヤケ食いですわ。付き合って下さいまし!」
スコーンに葡萄に栗、薩摩芋に林檎。お腹がバンパンになるまで食べた後、ふわりと秋風が吹くと俺は山の麓にいた。
「夢……?」
手には土産か、アップルパイ。
「……今年も綺麗でしたよ。来年もまた来ますね」
お題「紅茶の香り」
300字小説
慌てん坊のジミー
もうすぐハロウィン。村のあちこちに飾りが飾られ、お祭りの準備が始まっているのに僕の気は乗らない。
「……ジミー」
一番、仲良しの友達のジミー。あんなにハロウィンを楽しみにしてたのに、秋の初めに天国に旅立ってしまった。
大きく息をつく。と、耳に聞き慣れた足音が聞こえてくる。
カボチャの被り物にローブ、手にホウキを持った子供が道の向こうからやってくる。
「Trick or Treat!」
聞き覚えのある声に思わず吹き出す。
「ジミー、ハロウィンは六日後だよ」
しまった! と言うようにカボチャ頭を振って、子供はくるりと僕に背を向け、道を戻っていく。
「ハロウィンには一緒に回ろうね!」
潤む視界の小さな背に僕は声を張り上げた。
お題「友達」
オカルト
300字小説
終着電車
「……飲んだぁ~」
飲み会帰り。私は何とか終電前に駅のホームに着いた。
酔った身体に夜風が気持ちいい。ふらふらと待っていると一両編成の古びた電車がホームに入ってきた。
「あれ?」
こんな電車、この駅で見たっけ?
車両に乗ろうと歩き出す。そのとき、足の前を艶やかな毛並みの感触が遮った。
『行かないで』
引き止めるように毛並みはくるりくるりと両足の周りを回る。
電車が出発する。一両だけの電車はホームを出た後、ふっと虚空に消えた。
「……何? 今の……」
『にゃあ』
三年前に亡くなった飼い猫の声が聞こえる。あの子は私の足にじゃれつくのが好きだった。
また毛並みが触れる。
『にゃあ』
満足げな声がホームの闇の向こうに去っていった。
お題「行かないで」