300字小説
妖の仁義
闇夜の暗がりの中から聞こえてくるのは妖の声。会いたい人の声を真似て、おびき寄せ、喰ってしまうのだという。それでも良い。もう一度、母さんの声が聞きたい。
新月の夜、僕は妖の居るという山に向かって叫んだ。
「お母さん!」
呼んだ僕の声に応えたのは……。
「うるせぇ! お前の母ちゃんはとっくにあの世に逝っちまったんだよ!」
しゃがれた怒鳴り声だった。
「折角のご馳走、逃がしてしまって良かったのかよ」
「けっ! あんなしょぼくれた餓鬼なんか喰っても美味かねぇよ!」
『妖でも痛いものは痛いものね』
猟師の罠に掛かった俺を助けてくれた優しい女性。
足に残った古傷をさする。
「……アンタの代わりにアンタの息子は俺が見守ってやるよ」
お題「暗がりの中で」
10/28/2023, 11:22:58 AM