300字小説
狐の嫁入り
秋風に俺の昔からの友人の黄金色の尻尾が揺れる。
「だから、どんな相手か、こっそり見に行っただろう?」
俺は車で、こいつの結婚相手の森まで送っていっただけだか。ぽぉっした様子で帰ってきたところを見ると、かなり好みの美狐だったらしい。
「大丈夫だって。お前もお山の狐達を立派にまとめているんだ。お似合いだよ」
大安吉日。秋晴れの空の下、俺は山の近くの稲荷神社に、重箱に詰めた祝いの稲荷寿司を供えた。
「結婚、おめでとう」
今頃、奴の元に花嫁行列が着いた頃か。
突然、晴れ渡った空から大粒の雨が降り注ぎ、地面に跳ねてキラキラと光る。
持ってきた、こうもり傘を開き、鳥居から出、山を見上げる。
「だから、感激のし過ぎだって」
お題「秋晴れ」
300字小説
夢ふたたび
ライトを浴びて舞台に立つ同級生達が涙で歪む。
合格の狭き門をくぐり抜け、厳しい校則の中、必死に練習を重ねてきた。だが、私は結局、彼女達の後ろを踊る、群舞の一人としてしか憧れの舞台には立てなかった。
万雷の拍手の中、緞帳が下りる。
「さようなら」
一言呟き、私は華やかな世界に背を向けた。
「……あったぁ!!」
桜の下、娘の声が響く。
あれから数十年。合格の狭き門を今度は娘がくぐり抜けた。
私の夢を彼女に託す、なんて無粋なことはしない。でも、忘れたくても忘れられない記憶で、彼女に何かあったとき手を差し伸べることが出来るだろう。
「お母さん! 私、頑張るから!」
意気込む娘の満面の笑顔に、私は小さく頷いて、笑みを返した。
お題「忘れたくても忘れられない」
300字小説
秋の光に
秋のやわらかな光が窓辺から差し込むと、島は実りを迎える。畑に森に私も島人と共に収穫に勤しむ。
「若様、お精が出ますね」
私の世話役の娘が昼餉を持ってくる。
「ああ」
都では兄に跡継ぎの王子が出来たと風の噂に聞いた。
「はい、どうぞ召し上がれ」
「これは美味そうだ」
このまま、この娘と島で暮らすのも悪くない。私は焼き立てのパンを頬張った。
秋のやわらかな光が窓辺から差し込むと思い出す。
冤罪を着せられ流され、島で暮らしていた『若様』を。
島の暮らしが板についた頃、兄上の御子が早世したとかで『若様』は迎えに来た者と都に戻った。
『帰ってきたら結婚を申し込みたい』
そう笑んで帰らなかった人。天を仰ぎ、老婆は目を細めた。
お題「やわらかな光」
300字小説
狸和尚
和尚の鋭い眼差しが苦手だった。人に化け、見習として住み着いた私を見透かすような眼差し。内働きをしているときも、読経中も、その研ぎ澄まされた視線を感じる度に、毛並みが毛羽立つような思いをした。
『……絶対に正体がバレている……』
しかし、妖狐とのなわばり争いに負けた間抜けな狸の私には、もうここ以外、どこにも行くところは無い。和尚も私を追い出すことはせず、寺において僧侶としての修行を続けさせてくれていた。
『この寺はお前に譲る』
和尚が亡くなり、四十九日の法要がすんだ後、私は檀家総代から、彼の文を渡された。
「……良き跡継ぎが出来たと喜んでおられましたよ」
総代の言葉に私は本尊に向かい、深く深く頭を下げた。
お題「鋭い眼差し」
300字小説
天からの贈り物
冬物を繕おうとして開けた行李の奥から、薄い羽衣を見つけたとき、私は全てを思い出した。
自分が雲間から眺めていた地上の若者に恋をして、天から降りた天女だということを。
『お願いです。これを隠して下さい。そして、天女であることを忘れた私を貴方のお嫁さんにして』
思い出しては、もう地上にはいられない。庭で遊ぶ夫と子供達の声に涙しながら羽衣を羽織る。
そのまま、私は高く高く天に昇っていった。
空から美しく色ついた葉が一枚、ひらりと風に乗り、飛んでくる。
「遠い昔、天に帰ったご先祖さまが、子孫の私達に贈ってくれていると言われているの」
春は桜、夏は蛍、秋は落葉、冬は風花。
「元気にやってますよ」
私は高い空に手を振った。
お題「高く高く」