いぐあな

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9/28/2023, 10:48:18 AM

300字小説

さよならの代わりに

「明日、引っ越すんだ」

 公園の私の下のベンチに座り、貴方がそう告げる。

「この街は地元を離れて最初の街だった。初めて見たここの春の景色の美しさをまだ覚えているよ」

 ええ、私も。まだ幼い顔で少し不安げに私を見ていた貴方のことを覚えてるわ。

「あれから五年。今度、転勤するんだ」

 そう。あれから貴方もすっかり大人に立派になったものね。

「栄転、なんだけどね。新しい職場で上手くいくかな……」

 ほらほら、しっかりして。また最初のあの頃と同じ顔になってるわ。


 秋風に肩を震わせ、貴方が私を見て、目を細める。
「来年の春も花見がしたかったな……」
 背を向ける。その背に私は別れ際の餞別に、赤く色付いた葉を一枚、ひらりと落とした。

お題「別れ際に」

9/27/2023, 10:19:40 AM

ほのぼのオカルト

洗濯物

 秋風が吹き込む座敷の畳の上で眠っていると、ふいにさぁっと湿った冷たい風が吹いてくる。
『雨じゃ、雨じゃ』
『通り雨じゃ』
 甲高い声が聞こえ、周囲を軽い足音がいくつも駆けて行く。
 ぱたぱた、ぱたぱた。足音が庭と座敷を往復する。
『何じゃ、呑気に寝おって』
 ばささ。何かが僕の顔に身体に被さった。

 ざぁぁ……。雨音が通り過ぎていく。
「あっ! ありがとう。洗濯物を取り込んでおいてくれたんだ」

お題「通り雨」

9/26/2023, 11:26:58 AM

オカルト
300字小説

人寂し

 秋もふけてくると、限界集落にある俺の家には、山の物の怪が降りてくる。奴らも秋の夜長はもの寂しいのだろうか。窓の灯りの届くぎりぎりで佇むモノ。裏の戸に団栗をぶつけて遊ぶモノ。そして。
「今日はお前か」
 囲炉裏の明かりに俺の影がゆうらゆうらと揺れている。
「一人では多いからな、半分食うか?」
 灰に埋めておいた芋を取り出し、割って影の中に置いてやる。
「今日は畑の大根の土寄せをしてな……」
 ぽつりぽつり、欠けて消えていく芋に話しかける。
 山里に一人暮らし。俺もやはり夜は人寂しいのか。
 小さく苦笑して、鉄瓶のお湯で湯のみ二つに茶を入れる。
 ぽちゃん。差し出した茶の液面が『それで?』と話の続きを促すかのように揺れた。

お題「秋🍁」

9/25/2023, 12:03:28 PM

300字小説

さよならの景色

 何の変哲もない田舎のローカル線だと思っていた。
「明日からはバス通学か……」
 いつもの時間の車両に乗り、いつも座る窓際の席に座る。
「……ん?」
 季節の移ろい以外変わらない、窓から見える景色が変わっていく。

 山が開かれ、橋が掛かる。家が増え、町が出来る。更に家が増え、店が建ち……。

 やがて、灯りのつかない家が増え、店が消える。町から人が消えていく。そして……。

 この路線の沿線の、時の流れと共に変わっていった景色だろうか。
 気がつくと、いつも降りる駅。無人の改札には、明日からの廃線を告げる掲示板と誰が置いたのか、花束が吹き込む秋風に揺れている。
 駅舎を出る。屋根の向こうは夕暮れ空。赤く染まった雲が潤んで見えた。

お題「窓から見える景色」

9/24/2023, 11:04:17 AM

300字小説

君がくれるモノ

「ただいま、スラリン」
 声を掛けると廊下の奥からふにふにと透明のゼリーのような物がやってくる。
 僕のお世話役のスラリン。パパとママの研究所の人工生物の失敗作らしい。
「おやつは?」
 聞くと触手を伸ばして、僕の手を指し、ふりふりと振る。
「はぁい」
 僕は洗面所に手洗いうがいをしに向かった。

 おやつはバナナマフィン。晩御飯は煮込みハンバーグとコーンスープとサラダ。お風呂から上がると濡れた髪にドライヤーをかけ、寝る時間には手を引いてベッドに連れていってくれる。
 布団をリズミカルに叩く、優しい音。形の無いスラリンが一番たくさん、僕が欲しい形の無いモノをくれる。
「おやすみ、スラリン」
 明日の朝はフレンチトーストが良いな。

お題「形の無いもの」

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