300字小説
さよならの代わりに
「明日、引っ越すんだ」
公園の私の下のベンチに座り、貴方がそう告げる。
「この街は地元を離れて最初の街だった。初めて見たここの春の景色の美しさをまだ覚えているよ」
ええ、私も。まだ幼い顔で少し不安げに私を見ていた貴方のことを覚えてるわ。
「あれから五年。今度、転勤するんだ」
そう。あれから貴方もすっかり大人に立派になったものね。
「栄転、なんだけどね。新しい職場で上手くいくかな……」
ほらほら、しっかりして。また最初のあの頃と同じ顔になってるわ。
秋風に肩を震わせ、貴方が私を見て、目を細める。
「来年の春も花見がしたかったな……」
背を向ける。その背に私は別れ際の餞別に、赤く色付いた葉を一枚、ひらりと落とした。
お題「別れ際に」
ほのぼのオカルト
洗濯物
秋風が吹き込む座敷の畳の上で眠っていると、ふいにさぁっと湿った冷たい風が吹いてくる。
『雨じゃ、雨じゃ』
『通り雨じゃ』
甲高い声が聞こえ、周囲を軽い足音がいくつも駆けて行く。
ぱたぱた、ぱたぱた。足音が庭と座敷を往復する。
『何じゃ、呑気に寝おって』
ばささ。何かが僕の顔に身体に被さった。
ざぁぁ……。雨音が通り過ぎていく。
「あっ! ありがとう。洗濯物を取り込んでおいてくれたんだ」
お題「通り雨」
オカルト
300字小説
人寂し
秋もふけてくると、限界集落にある俺の家には、山の物の怪が降りてくる。奴らも秋の夜長はもの寂しいのだろうか。窓の灯りの届くぎりぎりで佇むモノ。裏の戸に団栗をぶつけて遊ぶモノ。そして。
「今日はお前か」
囲炉裏の明かりに俺の影がゆうらゆうらと揺れている。
「一人では多いからな、半分食うか?」
灰に埋めておいた芋を取り出し、割って影の中に置いてやる。
「今日は畑の大根の土寄せをしてな……」
ぽつりぽつり、欠けて消えていく芋に話しかける。
山里に一人暮らし。俺もやはり夜は人寂しいのか。
小さく苦笑して、鉄瓶のお湯で湯のみ二つに茶を入れる。
ぽちゃん。差し出した茶の液面が『それで?』と話の続きを促すかのように揺れた。
お題「秋🍁」
300字小説
さよならの景色
何の変哲もない田舎のローカル線だと思っていた。
「明日からはバス通学か……」
いつもの時間の車両に乗り、いつも座る窓際の席に座る。
「……ん?」
季節の移ろい以外変わらない、窓から見える景色が変わっていく。
山が開かれ、橋が掛かる。家が増え、町が出来る。更に家が増え、店が建ち……。
やがて、灯りのつかない家が増え、店が消える。町から人が消えていく。そして……。
この路線の沿線の、時の流れと共に変わっていった景色だろうか。
気がつくと、いつも降りる駅。無人の改札には、明日からの廃線を告げる掲示板と誰が置いたのか、花束が吹き込む秋風に揺れている。
駅舎を出る。屋根の向こうは夕暮れ空。赤く染まった雲が潤んで見えた。
お題「窓から見える景色」
300字小説
君がくれるモノ
「ただいま、スラリン」
声を掛けると廊下の奥からふにふにと透明のゼリーのような物がやってくる。
僕のお世話役のスラリン。パパとママの研究所の人工生物の失敗作らしい。
「おやつは?」
聞くと触手を伸ばして、僕の手を指し、ふりふりと振る。
「はぁい」
僕は洗面所に手洗いうがいをしに向かった。
おやつはバナナマフィン。晩御飯は煮込みハンバーグとコーンスープとサラダ。お風呂から上がると濡れた髪にドライヤーをかけ、寝る時間には手を引いてベッドに連れていってくれる。
布団をリズミカルに叩く、優しい音。形の無いスラリンが一番たくさん、僕が欲しい形の無いモノをくれる。
「おやすみ、スラリン」
明日の朝はフレンチトーストが良いな。
お題「形の無いもの」