300字小説
さよならの代わりに
「明日、引っ越すんだ」
公園の私の下のベンチに座り、貴方がそう告げる。
「この街は地元を離れて最初の街だった。初めて見たここの春の景色の美しさをまだ覚えているよ」
ええ、私も。まだ幼い顔で少し不安げに私を見ていた貴方のことを覚えてるわ。
「あれから五年。今度、転勤するんだ」
そう。あれから貴方もすっかり大人に立派になったものね。
「栄転、なんだけどね。新しい職場で上手くいくかな……」
ほらほら、しっかりして。また最初のあの頃と同じ顔になってるわ。
秋風に肩を震わせ、貴方が私を見て、目を細める。
「来年の春も花見がしたかったな……」
背を向ける。その背に私は別れ際の餞別に、赤く色付いた葉を一枚、ひらりと落とした。
お題「別れ際に」
9/28/2023, 10:48:18 AM