オカルト。300字小説。
生きている者勝ち
『四十九日目……』
亡くなった親友が枕元に立つ。
『言ったよね。正直に自分の気持ちを伝えなければ、五十日目には彼をあの世に一緒に連れて逝くって』
射干玉色の髪の間から淀んだ瞳がギラリと光る。
私は息を飲むとスマホの番号をタップした。
「もしもし、明日大事な話をしたいんだけど二人きりで会えないかな……」
立葵がしとしとと降る雨に濡れている。
「これで本当に心残りは無いのですか? 貴女も彼が好きだったでしょうに……」
死神の言葉を少女の霊は遮った。
『無いわ! 早く連れて逝って!』
生きている者勝ちだから……。
小さく零して俯いた彼女を隠すように、死神が大きな黒い傘を差し掛ける。
その影から咽び泣くような声が雨音に混じった。
お題「正直」
SFファンタジー。300字小説。
君に幸いあれ
銀河系辺境を旅していた僕は船の機体トラブルで地球に不時着した。
「燃料タンク、半量まで回復」
地球人は良い人だった。機体から漏れた燃料の代用品をたくさんくれた。
「これだけあれば近くの宙港まで行ける」
地球上からよく見た四分の一もあるという、大きな珍しい衛星が近づく。
地球人が宇宙に飛び出したとき最初に訪れた星。それにあやかり、帰れますようにと僕も願いを掛けた星だ。
「月に願いを。あの地球人に幸いあれ」
「宇宙人を助けた? お前つくなら、もっとマシな嘘を……」
「いや、ちゃんと母星に着いたって、手紙も来たし」
友人が呆れた顔をする。窓辺にいけた、共に送られてきた彼等の燃料だという星型の青い花が、風に小さく揺れた。
お題「月に願いを」
昔話風ファンタジー。300字小説。
登竜門
いつまでも降り止まない、雨。勢いを増した水が堤を破ろうと、どうどうと流れる。
「良いわね、鯉太郎は。村が水に浸かっても大丈夫だものね」
大人達が大事な物を二階に上げるなか、私は縁側から池の鯉に向かって声を投げた。
「村も田んぼも畑もどうなるのだろう……」
空を見上げたとき、パシャリ! 黒い尾鰭が水面を打つ。鯉太郎は大きく飛び跳ねると、そのまま滝のような雨を空に向かって昇っていった。
「その後、雨が止んだのよ」
以来、この村をあんな大雨が襲ったことは無い。
「鯉太郎が止めてくれたの?」
孫達の声に空を見上げる。
梅雨の終わり。厚い雲が割れ、日差しが差し込む。
割れ目の向こうの青い空を、黒い龍がゆうゆうと泳いでいった。
お題「いつまでも降り止まない、雨」
SF。『私』と『三十年後の私』。300字小説。
激励
「美味いわ~。この蔵元、十年後に味を変えちゃって」
コップの酒を一口飲んで『三十年後の私』と名乗ったおばさんが嬉しそうに笑う。
「『私』って本当?」
「ん? よく似てるでしょ」
「皺で解らないよ」
「いうね~」
何でもタイムマシンの抽選に応募したら、見事に当たったらしい。
「で、どこにいこうか? と考えたとき『あの頃の不安だった私』に会いたくなった」
柔らかく目の縁に皺を寄せる。
「…………」
「今になって思うと、ここがドン底だったね」
頑張れ。
にっと笑って、おばさんは消えた。
今の『私』に会って、止めさせたくなるくらいの人生を『三十年後の私』は過ごしているらしい。
私はテーブルの下の薬の瓶を開けると中身をゴミ箱に捨てた。
お題「あの頃の不安だった私へ」
ファンタジー。勇者と魔王。500字。
暖かな呪縛
山間の小さな村に奴はいた。
「お久しぶりです。あの後、王国に帰って王女と結婚するはずが行方不明になったと聞きましたが」
「お前を討ち漏らしたことに気が付いたからな」
王国を混乱に陥れた魔王が、こんな辺境で学校の先生をしていたとは。
「貴方の剣は間違いなく私の急所を貫きましたよ。崖から落ちて、この村に流れ着き、村人の手厚い看護を受けなければ死んでいました」
奴がポットを傾け、カップにお茶を注ぐ。
「それで……ここで魔王軍の復活を企んでいるのか?」
「そう見えますか?」
俺に一つカップを渡し、もう一つを啜る。
「まあ、反省したといっても信じられないですよね」
「先生!」
子供達が教室に入ってくる。
「先生、あのね、あのね」
「ねぇ、先生!」
「先生達だけお茶飲んでずるい!」
子供達が奴を囲む。
「私はここから逃げません。始末するなら、この子達のいないところでお願いします」
小さな声で頼んだ奴を、彼等はきょとんと見上げた。
「先生、始末ってなあに?」
「裏の枯れ木が危ないから切ってくれと頼まれたのだよ」
茶を飲み干して俺は立ち上がった。
「僕も手伝う!」
「私も!」
確かに、この呪縛からはもう逃れられないだろう。
「ありがとうございます」
お題「逃れられない呪縛」