かまぼこ

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8/5/2025, 3:18:33 AM

僕は夏になるとあの場所に訪れる。
いや、厳密にいうとあの場所に行くまでは夏ではない。あの場所に訪れて、初めて僕は夏の人間になるのだ。

あの場所は、深呼吸をすると潮の匂いのする、
蝉の鳴き声さえ救済だと感じる、あの暑ささえも何かの囁きだと感じる場所にある。
阿利布色の屋根を纏う、祖母の家。
その屋根の活き活きとした緑を見た瞬間、僕は思うのだ。

「ただいま、夏。」

8/2/2025, 9:47:00 AM

夏の暑さが僕を起こした。
クーラーをつけて寝たはずなのに、クーラーが消えている。きっと、お母さんが消したんだ。
(温度を23度に設定した僕も悪いとは思うが)
菓子パンで朝ごはんを済ませて階段を降りる。
「おはよう、母さん。」
「おはよう。あんた、クーラーの温度低くしすぎ。」
「次から気をつけるから、消さないでくれよ。」
母さんは家の1階で花屋を営んでいる。家の一階はそのこともあり、いつも花の香りがする。
「今日は部活ないから早く帰ってくるよ。
 行ってきます。」
「あっお花、1輪持っていきなさい。」
母さんは僕に目の前にあった花を一輪差し出した。
「・・・いつもありがとうな。」
僕は花を受け取り、家を出た。

学校の途中の電柱に、僕は母さんからもらった花を添えた。これが僕の日課だ。
なぜかというと、ここは幼馴染の陽子が亡くなった場所だから。

陽子は交通事故でここから天国へと旅立った。
3年前の8月の、晴れた朝のことだった。
僕はいつも通り、学校に行っていて、この電柱の周りに人の集まりと、壊れた車と、陽子の鞄を見た。

「・・・もう、3年経つのか。」
毎年8月になれば、もう一度陽子に会える気がしてならない。
あの、少し右に寄ったポニーテールと、いつもヘアゴムがついている右腕をもう一度見たい。
僕の夏は、君なしでは語ることができないのだから。

8/1/2025, 9:20:14 AM

彼女は昔から眩しい女だった。
どこまでも深いが艶のある黒髪に、白いワンピースまでもが濁って見えるほどの白い肌。
何よりも、相手の視線を確かに捉えるその瞳。

その美しさは、彼女が死ぬ直前になっても衰えることはなかった。もうあの黒髪の面影は無くなってしまっているけれども。
彼女は最後の僕の病院訪問の時、言った。
「私が死んでも、この目は開けたままにしておいて。きっと、神様はこの目を見たがるから。」
僕は涙を堪えた。

きっと、彼女はあの世でも眩しいんだろうな。

7/28/2025, 2:23:40 PM

昔は、虹が出た時は隣の家のあいつとよくその虹の方へと走ったもんだ。
あの時は、俺もあいつも虹は端のようなもので虹の始まりを信じていたもんだ。

今、俺は社会に飲まれ、取引先の帰りである。
涼しいタクシーから見る眺めというものはいかにも複雑である。あの頃に戻りたいと何度思ったことか。
虹はさわれないし。きっと、虹に始まりなんてないんだ。
その時、俺はタクシーの窓から虹を見た。
それは能天気に鮮やかに、あわやかに、思い出を
抉るように。
俺はタクシーを出てあの虹に向かって走り出した。
あの虹の始まりに、あいつがいる気がする。
あの虹の始まりを追って。

7/25/2025, 10:53:10 AM

君は半袖を着ない。
いつだって長袖。

「暑そうだね。」
「日焼けしたくないの。」

長い髪は袖の肘の部分にかかる。
汗っかきで、夏は
「暑い」
が口癖で、体育館の競技ですら長袖を着る君。
日に日に違和感を覚える長袖。
私はいつだって半袖を羽織る君の姿を想う。

放課後、一人で帰っていたら、君は少し年上くらいの
男といた。でも、それは違和感だった。
君の立ち方は落ち着いていなかったし、男は君の腕を
こっちから見てもいた差がわかるほどきつく握っていた。君と目があったが、君は男の目を伺い、私を無視した。


君のその謎を秘めた長袖の下には、何が隠されているのだろう。

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