「──いい? あなたは言うことを聞いてればいいの。」
ずっとずっと言われ続ける言葉。悲しかった。だってそれは私の意志は別にいらないということだ。嫌と言えばじゃあ他になにかあるのと怒鳴るような声で言われる。
私は弱いから、それが怖くて黙るようになりそして母の
言うことを聞いていれば誰にも迷惑もかける事はないし、苦労もせずに済むと言い聞かせる。勉強もこれからの進路も部活も。そうしていたらいつか何もかもに興味がなくなって壊れてしまうとしても。だってもう何も考えたくないから今日も私は貼り付けた笑顔で答える。
「うん、 わかったよお母さん。」
ねえ、誰か。この逃れられない呪縛から私を助けて。
『逃れられない呪縛』
明日なんて来なければいい。いつも、そう思っていた。
だって、生きてていい事なんて一つもなく誰からもできない子呼ばわりされてきてもう限界だったからだ。
だからもう明日を見ないようにするためには死ぬしかないと考えて誰もいない教室にいたその時、
「───ねぇ、死にたいって考えてる?」
「は?」
前を見ると、そこには同じクラスの子がいた。彼女は明日転校する子で、周りからは誰にも好かれ、たくさん友達がいる高嶺の花だった。
「そうだとしたらなんなのよ。」
「だったらさ、私とお話しない?」
「急に話しかけてきて変なの、ってちょっと!」
「さあ! 外に行こ?」
なんなのだ、本当に。そう思っているうちに引っ張られ
校庭に着いていた。面倒くさいと考えながらも気がつけば彼女の隣に座っていた。
彼女の肌は白くて、光に当たると消えそうだった。
「一度呼んで見たかったのよ。友達を!」
「ふざけないでよ。勝手に連れてきたんでしょ。」
「まぁまぁ、さあどうして死にたいのか聞かせて。」
苛々しながらも来てしまったからには質問に答えるしかないと思い、話し始めた。
「思春期によくある話よ。つまらなくて死にたくなる事、それよ。分かった? じゃあ帰るわ。」
「本当に?」
「何が! これが理由よ、聞いて分からないの? ふざけてないでさっさと帰らせて。友達でもないくせに!」
「そうやってすぐ怒る所、悟られたくないの? 弱い所。」
「やめてよ。」
なんなの、なんなのよ。苛々する。
「私、あなたが死にたいって知ってた。だから、ペットボトルに毒を入れたの。私もそれを飲んだから一緒に死ぬよ。最期に、あなたと友達になりたかったわ。」
ああ、本当だ。なんだか意識が遠くなる。殺されて死ぬなんて思いもしなかった。でも、悪くない。だって彼女も一緒なんだから。目を閉じる、もう明日は来ない。
「…え?」
目が覚める。どうして? 死んだんじゃないのか。周りを見ると紙切れがある。
「残念でした、また明日を生きなさい。
追伸:それは睡眠薬を混ぜただけ。あと、私はあなたのこと好きよ。」
「ふふっ、あははは!」
やられた。あの女。私を騙したのね。してやられたはずなのに私は笑っていた。そうか、私のこと好きなのか。
だったら、偏見なんかせずに話して見れば良かった。
何も見えなくなってしまっていたのね、私は。
「生きてやるわよ、目にもの見せてやる。」
私は初めて昨日にさよならをする。明日に出会うために。いつか、あの女に「久しぶり」を言うために。
『昨日へのさよなら、明日との出会い』
昔、プールで溺れた事がある。音はなくなり自分だけ世界から取り残されたようで、でも周りがはっきりとわかるくらい透明でとても美しかった。それから、私はその美しさに恋をしてしまった。これから先、生きていても 二度とこの思いは味わえないだろう。今の私の人生はこの水のように透明で綺麗なわけでもない。誰かに濁りきった嫉妬、恨みがあるだけだ。さあ、一歩を踏み出して
みればいい。そこには私の求めたものがある。こんな
汚れた世界からはおさらばするのだ。
タン、と橋桁から足を離す。ゆっくりとスローモーションみたいに体が、堕ちていく。
「あーあ、最低な人生だった!」
バシャン。水の中はあの時と変わらない透明で美しい
ままだった。
『透明な水』
頭が良くて、運動もできて、綺麗な顔立ちをしているまさに理想の人。それがあなたで私の友人。私のほうといえばこれといった特技も勉強が出来るわけでもなくいつも劣等感のようなものが心の中にあった。いつも私ができないことはあなたはなんでもできてしまう。
「本当にいつもすごいね。今日もテスト、学年一位だったんでしょ?」
「あはは、たくさん努力してきたからね。逆にいえば努力しなければなんにもできないただの凡人だよ。」
その言葉に苛立つ。私は努力してもあなたのように一位をとることもたくさんの友達も部活で大会の選手に選ばれることさえできない。誰にも見向きもされない。努力だけじゃない、才能もあるからあなたはなんでもできるのよ。けれど、私はそれを口には出さない。だって、そんな事しても私が惨めになるだけ。
「そっかー、相変わらず努力家ですな」
「ふふっ、何その口調」
優しい瞳が私を見つめる。ああ、せめて何もできない私を見下していてよ。こんな思いを抱えている私が馬鹿みたいじゃない。そうして、日々が過ぎていく。心の中にある劣等感は日に日に大きくなっていく。私はいつになったらこの醜い嫉妬を終わらせることが出来るだろうか。
『理想のあなた』
ガタンゴトン。ガタンゴトン。電車が揺れる。泣き腫らした目が痛い。もう海は一生見たくない。手紙を握りしめて、1週間前のことを思い出す。
「──俺さ、死にたいなって思う時があるんだ。」
「どうして?」
「なんかもう自分が生きる未来が見えないんだよ。」
そんな悲しいことを笑いながら言わないで欲しいと思ったが彼にも悩んでいることがあるんだろうと考えて特に何か言う事はなくその話は終わった。今考えれば、それは彼のSOSだったんだろうと思う。そして、それから数日たったある日に彼が、「海へ行こう。」というメールがあり、しょうがないなとため息をつきながら待ち合わせの駅へ行き切符を買った。
「あのさ、いい加減切符くらい一人で買えるように
なってよ」
「難しいんだし、しょうがないだろ。でもいいじゃんお前がいるんだから」
彼にはこういう所がある。マイペースというか、のらりくらりとしていて人がものを教えても、次の日にはケロッとして忘れている。まぁでも一緒にいてつまらなくはないし、こうやって振り回されるのも悪くないと感じるのは絆されてしまっているかもしれないからだろう。
電車に乗り込み、目的地に向かいながら話をする。
「ていうか、いつも突然すぎるんだよ。何かするにも。それで、どこの海に行きたいのか調べたのか?」
「知ってる所だから大丈夫だだよ。ごめん、着いてきてくれていつもありがとな。感謝してる。」
「珍しい。礼を言うなんて、明日は槍でも降りそうだな。」
そんな軽口を叩く。それに彼は微笑むだけでなにもいわなかった。変だと思いながらも到着したので電車から降りた。
「なあ、昼飯食べね? 俺の奢りで今日は好きな物食べていいぜ。」
「嘘だろ? いつも人に奢らせるのにか? ラッキー♪
じゃあ、あの店行こうぜ!」
それから、目当ての店に入り、大学での面白かったエピソード、誰々が付き合って欲しいと告白したが振られただの世間話をして本来の目的地である海へ向かった。
脚だけ浸かりながら彼に顔を向ける。
「いやー、いつ見てもここから見える夕日は綺麗だな。」
「本当、すごく綺麗だ。」
「ていうか、ここに来たことあるんだな。そんなこと一度も聞いたことないんだけど。」
「そうだったかな。」
いつも彼は何かしらうるさいのにずっと静かだ。
「なあ、今日変だぞ。いつも騒がしいくらい明るいのにやけに静かだし。なんかあったのか?」
「───、あのさ。」
「どうした?」
彼が一瞬間を置く。本当に様子がおかしくて心配になる。大丈夫だろうか。
「ごめん心配かけてるのはわかってる、でもなんて言えばいいのか分からない。だけど、最近辛いんだ」
「──え?」
彼が弱音を吐くなんて初めてだった。そして、夕日に照らされた彼の表情は今にも泣きそうで消えてしまいそうな儚さがあった。と同時にもう会えなくなるような気がして焦りながら、手を伸ばす。
「もういい、もういいよ。何も言わなくていい、だから帰ろう。きっと疲れてるんだよ。」
「そうだな。帰ろう、海も見れたし。」
帰り道、お互いに何かを話すことはなかった。別れた後も彼の顔が思い浮かんでなかなか寝付けなかった。
そして、俺は叔父が亡くなったため2日間欠席届を出した。そして戻って来た後知った。彼が失踪していたのだ。大学に来ていないらしく彼の性格上サボるなんてことはないから、嫌な予感がして彼の住むアパートへ向かったら大家さんに呼び止められた。
「あなたは〇〇君の友達ですか?」
「はい。どうかしましたか?」
「実はこれを渡して欲しいと頼まれたの。それと、知りたいなら〇〇市の〇〇海水浴場へ来てくれとも言っていたわ。」
渡されたものは手紙で宛名に「親友へ」と書かれていた。来てほしいと言われた場所の〇〇海水浴場は2日前に行った所だ。準備をしなければ。そして今日電車で
ここまで来た。手紙を開いた。
「これを読んでいると言う事は俺はこの場所で自殺していることでしょう。理由としては俺は大学では表面上皆と仲良くしているだけで嫉妬されていた。そして、俺に暴力を振るっていた父親が借金を残して死んでしまってもう大学にもいけなくなった。でも、今日まで生きられたのはお前がいたからだ。いつも振り回しても笑って許してくれて、たくさん話をしてくれた事ずっと忘れない。だけど、もう限界で耐えられなくなってしまったんだ。ここで自殺することに決めたのは、まだ母親が不倫せずに家族が笑って過ごしていた時に連れてきてくれた場所だからだ。これを見てお前は気付かなかった自分のせいだと思うだろう。それは違う。悪いのは友人を悲しませる俺だ。こんな俺は親友の資格がない。忘れてくれていい、最期にありがとな。これでお別れだ。」
手紙は終わっていた。近くの砂浜を見ると彼のスマホが落ちていた。涙が溢れる。馬鹿野郎。こんな風に突然別れるなんて嫌だよ。海に向かって叫ぶ。
「───それでも君は、大切な親友だ!」
ガタンゴトン。ガタンゴトン。電車が揺れる──。
『突然の別れ』