[理想のあなた]
「ねぇ、それ何?」
指を指した先に映るのは、最近流行りのキャラクターがプリントされたシャープペンシル。
様々な種類の色と柄が使われていて、シンプルで清潔感のある筆箱の中にあると全体的に派手で異色を放っている。
目の前の親友はノートを書く手を止めて、視線を指先に映した。
「これ?」
「そう、それ」
少し思い出すような仕草をした後、口を開く。
「この前シャーペンが壊れちゃって、お母さんに適当なやつ貰ったの。結構使えるしいいかなって」
なんてことのないような言い方。
そう、彼女にとっては、どうでもいいこと。
「……じゃあ今度、私が買ってあげる。誕生日近かったでしょ?前シンプルで可愛いの見つけたし」
「え、前も消しゴム貰ったばっかなのに?」
「いいのいいの、日頃の感謝だと思って!」
流行りに疎い、私の親友。
私の、大切な親友。
どろりと重たい音が、体の芯から聞こえる。
[モンシロチョウ]
どうやら昨日、学年のマドンナが死んだらしい。
朝のホームルーム、先生の口から突然飛び出したその言葉を理解するには、多少の時間がかかった。
彼女の死は、わからないことが多いようだ。
先生から死んだ以上の説明は無く、次に言ったのはこれからやる行事の埋め合わせをどうするか。
まだ彼女が死んだという現実を受け入れられていない人もいるのに、随分酷な先生だ。
まあ、でも、多分、彼女は望んで死んだ。
隣の机に置かれた白い花瓶を見ていると、この前のことがハッキリと思い起こせる。
『モンシロチョウってね、成虫だと一週間くらいしか生きられないの』
いつも通りの鈴の様な声で、彼女は言っていた。
『蛹になって、体をどろどろに溶かして、苦労してやっと可愛い姿になったのに、たったの一週間』
外を見つめる整ったその瞳が、やけに憂いを帯びていたのを覚えている。
『だからあの可愛らしさを永遠にするには、標本にするしかないの』
悲しそうな、嬉しそうな、この世全ての感情をぐちゃ混ぜにしたような声色だった。
彼女の願いは、望みは、叶ったのだろうか。
[明日世界が終わるなら]
何をするの?
日が沈み出した放課後。
私の言葉を聞いた彼女は特に表情を大きく変えることも無く口を開いた。
「どしたのそんなこと聞くなんて、珍しいじゃん」
「なんとなく思っただけ。で?実際どうなの?」
問い詰めれば、少し悩んだ後に本を閉じる彼女。
「なんも変わんないよ。いつも通りこうしてアンタと喋って終わり」
「……そっか」
へらりと笑った顔が眩しくて思わず目を伏せた視線の先に、スマホに表示されたカウントダウンの数字が飛び込む。
「あと2時間だって」
呑気な声で彼女が言う。
「……ほんとに帰らなくていいの?優しいご両親がきっと心配してるよ」
「別にいーの、あの人たちは良い人だけど、私のことにそんな興味無いから。アンタこそいいの?」
「私もいいよ、元々帰る場所なんてないし」
そう言うと、彼女は「確かに」と小さく笑った。
「じゃあコンビニ行こうよ、お菓子食べたい」
「え、私お金持ってきてないや……」
「真面目だね〜、流石優等生!もうお金とか必要ないし、勝手に持ってって大丈夫でしょ」
彼女に手を引かれて走り出す。
暗くなりだした空に、赤い星が降っていた。
[二人だけの秘密]
「ちょっと、これアンタの友達じゃない?」
重たい雲が空を覆っている、そんな朝。
母親に言われて目をやったテレビには、確かに高校の頃の親友の名前があった。
それも、凶悪犯罪者として。
「あの子、あんなに真面目でいい子だったのに、何かあったのかしら……何か聞いてないの?」
「さあ、しばらく連絡してないからわかんない」
彼女は母親の言う通り品行方正で明るく、誰にでも好かれるような性格だった。
おまけに正義感も強くて、どんな小さな悪事でも見逃したことは無い。
そう、あいつは悪いやつだった。
あいつに泣かされた女子は何人もいたし、怪我をさせられた男子も沢山いた。
なのに咎める大人は誰一人いなかったから、当時クラス長だった彼女が代わりに皆を守ったのだ。
私は親友として彼女のことを手伝ったけれど、優しい彼女はその事を警察には言わなかったらしい。
月明かりも届かない森で交わした秘密の約束は、遂に白日の下に晒されてしまった。
[優しくしないで]
「お前さ、そうやって優しくすんのやめろよ」
よく晴れた日の昼下がり、程よく体を温める春の陽気とは裏腹に、冷たくて重たい音がふたりぼっちの教室に響く。
目の前の友人は動かしていた手をパタリと止めて此方を見ていた。
「ご、ごめん。嫌だった?」
「嫌っつーか、ムカつく」
そう言うと明らかに凹んだ様子でもう一度、「ごめん」と声が聞こえた。
学級委員を務める彼はとにかく気配り上手で親切で、誰もが認める優しい人、だ。
クラスメイトの頼み事を断ったこともなければ、先生の手伝いも率先してやる。
そんな彼を日頃から見てきたからこそ、今の状況に苛立ちが募る。
「俺の前まで優しい顔引っつける必要ないだろ。」
「……え?」
「優しくしすぎなんだよ、お前」
咎めるように言えば、すっかり固まった友人。
そうして少し経った頃、ようやく口が開く。
「……なんでそんな気配りできるくせに、モテないんだろうなぁ」
「は?!うるせー!これからだよ!」