細言

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12/13/2025, 1:38:17 PM

『遠い鐘の音』
霜が降りそうなほどに冷たい指先に、はぁと息を吹きかける。指先に詰まった氷の粒が溶けていくように楽になる。今の時刻は十三時七分。待ち合わせの時間は十二時だったのに。三十分は音楽を聴きながらぼーっと待っていた。流石に三十分を過ぎると電話をかけた。五回くらいかけた。出なかった。腹が立つ。四十分ほど過ぎると、周りの人間が憎らしくなってくる。友達と、恋人と、家族と…一人で歩いてる人にはどうとも思わなかった。でも、ぼーっとするのはきつくなってきて、鞄の中を漁ったら先週くらいに読み終えた小説が隅っこに隠れていた。読みごたえなんてなかったけど、ぼーっとしてるより、まぁいくらかマシだった。そして今、一時間が過ぎても、なんの連絡もなく、既読もつかない。これはきっと死んでいるか、ブロックされているか、としか考えられない。ブロックされてた場合、僕がここにいた時間は誰の為なのだろうか。自分のために使った記憶など更々無い。せめて神様に1000円くらい貰ってもいいんじゃないだろうか。バイトよりは辛くなかったけど、それなりに苦痛だった。
ああ、どうせなら早く五時になってほしい。五時のチャイムが鳴ったら帰ろう。それまで何をしようか、ネットサーフィンはさっき数分で終えてしまったし、この小説は面白みがないし、いっそのこと寝てしまおうか。いや、それは公共のマナー的に良くないか。はぁ、五時のチャイムが遠い…

12/12/2025, 4:58:26 AM

『夜空を越えて』
眩しい電子板が僕の目を刺している。痛い、目の奥の鈍痛が引いてくれない。でも、僕は少し携帯を傾けて目に入る光を減らすだけで、まだ見続けてしまう。これは惰性だ。窓の外はすでに暗くて、手を近づけると冷気が寄ってくる。外は寒そうだ。たしか、今日の最低気温は五度とかだった記憶だ。学校があるのに、億劫だ。
なんとなく窓を開ける。少し力を加えて、窓を押し開ける。途端に窓越しとは比べ物にならない冷気が全身、特に足元を襲う。僕は思わず脚を椅子の上に上げて暖をとった。少し目線を上げると、星が綺麗に散っていた。冬は空気が澄んでいるからだろうか、レジンに閉じ込められた光のような、柔らかくて、鮮明な星が、絵画のように見えた。暗闇のキャンパスに、星の絵の具をトントンと叩いて、散らしたような。この空を切り取って売るならば、僕はきっと億万長者になれる。でも、この空は切り取れないし、時間と共に消えていく、そして、また新しい空が現れる。無常だけど、これを素敵だと言う感性も、わからなくはない。

12/3/2025, 11:37:30 AM

『雪の足音』
っくしゅん!
乾いた空気が体の中に入り込んで遊んでいるようで、むず痒い。くしゃみに共鳴するみたいに足元の落ち葉がカサリと揺れて、君の足に当たる。
「いやぁ、今日寒いね…急にだよねほんとに」
雪は赤くなった頬をマフラーで覆いながら笑う。マフラーと口の隙間から白い息が、銀河のように流れ出ている。「ほんと寒い、冬が来たって感じするもん」
「ねー、冬楽しみだなぁ」
「冬、好きなの?」
「だってクリスマスも誕生日もあって、街がキラキラ光るし、それになんと言っても雪が降る!」
雪は少し誇らしげにそう言った。クリスマスの前夜に小学生が見せる笑顔のように純粋に満ちていた。まだ、10月だというのに、なんてお得な人なんだと思った。

12/1/2025, 4:51:51 PM

『凍てつく星空』
手を伸ばしてしまうから、僕の手は赤くなってしまった。冷たい空に曝され、霜焼けで燃えそうな手を引っ込める。あなたはいつしか、何光年、何十光年先の星になってしまった。いくら手を伸ばしても、それは無意味で。冷たく、消えない傷を背負ってしまった。
ベランダから離れ、暖房の効いた部屋に戻る。指先が解凍されていくように、指先の氷が溶けて僕になっていくように。何もする気が起きなくてベッドに転がる。感覚が戻ってきた指でスマホをいじって、つまんなくなって目を瞑る。
君がいれば、もっと暖かかった。もっと近くて、それはもう、太陽のようで。近くにいると、爛れそうで、昇華して死んでしまいそうで、でも、それでも良くて。
ああ、こんなこと考えると、外は一層冷え込んでしまう。外に出たらきっと、君には会えなくなってしまう。冬が明けて、春になる。雪が溶けて、溶けかけた僕が君に会いにいく。自我にしがみつく僕を、どうか抱きしめて、愛して、溶かして欲しい。
もう、寒いのは嫌だから。

11/29/2025, 8:08:58 PM

『失われた響き』
喉がヒリヒリした。閑散とした街中で吠えるような大きな咳を何回かして、やっと治まった。マスクはしているものの、まわりの人はひどく迷惑だったに違いない。やはり今日は外出するべきではなかったようだ。
マスクを整えながら駅近のデパートに入る。外は寒いからと厚着をしていたが、デパート内は暖房が効いていて暑苦しいほどだった。上着を脱ぎ腕にかける。エレベーターに乗って5階で降りる。人は少なく、叫んだらよく響きそうだと思った。
携帯ショップへ行き店員に声をかける。
「すみません、故障した携帯を治したいのですが。」
そう言うと店員は笑顔を作って「ではこちらに掛けてお待ちください」と言って離れていった。
カバンから壊れた携帯を取り出して目の前の机の上に置く。乳白色の中に黒い線が走り回るように沈んでいる。なんという石なのだろうか。
数分して話しかけた人とは違う店員が裏から出てきた。メガネをかけたふくよかな男性だ。修理専門ということか。その男は「失礼します」と言って携帯を取ると「どこが壊れたんですか?」と無愛想に聞いてきた。せめて目は見ろよと思いながら「着信音とか、通知の振動が鳴らなくなってしまって。」と説明する。するとその店員は「それは買い替えですね。直そうとするとかなり高くつきますよ。」と答えた。信憑性は高くなかったが早く帰りたかったために新品を買うと答えた。
適当な新品の携帯を買って、携帯ショップを出た。故障した携帯は自分で捨てろと言われたから鞄に投げ入れた。まだ昼間の電車に乗り、最寄駅の静かな改札を通って帰路につく。突然電話が鳴り始める。それは壊れたはずの携帯から発せられていた。怖かった。あれほど壊したはずなのにまだ鳴ることが。近くを流れる川に走り、鞄から壊れたはずの携帯を取り出す。泣き喚く赤子のように着信音が鳴り続けている。誰からの着信かなんてどうでも良い。弱々しい握力で携帯を握り、思い切り川に投げ捨てる。違法投棄というやつだ。
携帯は弧を描き、カンっと堀の壁にぶつかってから入水した。やっと心に平穏が訪れたように感じた。
そうだ、風邪薬が切れているから買わないといけない。そう思って薬局に向かって歩いた。

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