『失われた響き』
喉がヒリヒリした。閑散とした街中で吠えるような大きな咳を何回かして、やっと治まった。マスクはしているものの、まわりの人はひどく迷惑だったに違いない。やはり今日は外出するべきではなかったようだ。
マスクを整えながら駅近のデパートに入る。外は寒いからと厚着をしていたが、デパート内は暖房が効いていて暑苦しいほどだった。上着を脱ぎ腕にかける。エレベーターに乗って5階で降りる。人は少なく、叫んだらよく響きそうだと思った。
携帯ショップへ行き店員に声をかける。
「すみません、故障した携帯を治したいのですが。」
そう言うと店員は笑顔を作って「ではこちらに掛けてお待ちください」と言って離れていった。
カバンから壊れた携帯を取り出して目の前の机の上に置く。乳白色の中に黒い線が走り回るように沈んでいる。なんという石なのだろうか。
数分して話しかけた人とは違う店員が裏から出てきた。メガネをかけたふくよかな男性だ。修理専門ということか。その男は「失礼します」と言って携帯を取ると「どこが壊れたんですか?」と無愛想に聞いてきた。せめて目は見ろよと思いながら「着信音とか、通知の振動が鳴らなくなってしまって。」と説明する。するとその店員は「それは買い替えですね。直そうとするとかなり高くつきますよ。」と答えた。信憑性は高くなかったが早く帰りたかったために新品を買うと答えた。
適当な新品の携帯を買って、携帯ショップを出た。故障した携帯は自分で捨てろと言われたから鞄に投げ入れた。まだ昼間の電車に乗り、最寄駅の静かな改札を通って帰路につく。突然電話が鳴り始める。それは壊れたはずの携帯から発せられていた。怖かった。あれほど壊したはずなのにまだ鳴ることが。近くを流れる川に走り、鞄から壊れたはずの携帯を取り出す。泣き喚く赤子のように着信音が鳴り続けている。誰からの着信かなんてどうでも良い。弱々しい握力で携帯を握り、思い切り川に投げ捨てる。違法投棄というやつだ。
携帯は弧を描き、カンっと堀の壁にぶつかってから入水した。やっと心に平穏が訪れたように感じた。
そうだ、風邪薬が切れているから買わないといけない。そう思って薬局に向かって歩いた。
11/29/2025, 8:08:58 PM