「それでいい」
一瞬気分が高揚したが、すぐにマイナス側へと下降する。
「ボス、せめてそれ『が』いい、素晴らしいって言ってくれません?」
すると、弱くだが頭をはたかれた。
「ひっど! 暴力反対!」
「お前なぁ、自分の実力見てから意見しろ!」
正論を突きつけるなんてずるい。なぜなら私はチーム唯一の落ちこぼれだから。組むパートナー皆がお手上げポーズを取り、あわよくばクビになりかけたところをボスが救ってくれた。
そう、口答えできる立場ではない。わかっている、わかっているけれど、もう少しモチベをあげてくれてもいいじゃないか!
「でもでも、最初の頃よりかは使えるようになったと思いません? 私、自分でもわかります」
まだボスのサポートが必要なものの、そこそこ難しい案件もこなせるようになってきた。
「アホ、調子に乗るな。俺の教えがいいからに決まってるだろ」
「むー、とことんまでツン対応ですか……まあ、その方が逆に燃えますけども」
なんだかんだ文句を垂れつつ、自分と同じ二十代ながら貫禄十分なボスが恩人なのは変わらない。なんなら尊敬だってしている。
早く一人前になって恩返しするのが、今の目標だ。
「ちゃんと見ててくださいよ! あっという間に優秀になっちゃいますからね」
力こぶを作る仕草とともに宣言してみせる。また調子に乗るな、なんて釘を刺されるかと思ったが、その読みは外れた。
「まあ、あまり焦るな。今のままのペースで、頑張ればいい」
控えめにも、少し悲しげにも見える笑顔を向けて、頭をひと撫でされた。
「ぼ、ボス?」
「よし、休憩終了。仕事一個片付けるぞ」
背中を向けたボスは、もういつもの雰囲気を纏い直していた。
お題:それでいい
※軽くBL表現がありますのでご注意ください。
「いやだ。信じない」
「だから、本当だって」
「わかった、僕をからかってるんだろ。お前、昔から友達となにか企むの好きだったし」
「それは、すまん。でも今のこれは違うぞ」
「やめろよ。だって、ありえない」
「本当だって!」
両肩をつかまれ、逃げ場がなくなる。せめて視線だけでもそらそうとするのに、彼がまっすぐこちらを見つめているのが嫌でも伝わってきて、逆らえなくなる。
――だって、何年、好きでいたと思ってる?
男に興味がないのは明白だった。
学生時代は他の友達の陰に隠れて、とにかく「何人かいる友達のうちのひとり」のポジションの維持に努めた。
仮に親友、なんて関係にでもなったら絶対耐えきれず告白してしまう。そうしたら待つのは関係の消失しかない。赤の他人に戻るのだけは嫌だった。
そう、彼からしたら特別目立つ存在ではなかったはずだ。
なのに、お互い社会人になるこのタイミングで、同窓会の帰りに、告白?
長年封印した、密かな願いが何の脈絡もなしに叶うなんて、物語としてもできすぎている。
「……そうだ。今日って確か、エイプリルフールだった」
ネットで盛り上がっていたのを思い出す。毎年くだらないとどこか呆れて眺めていたけれど、自分が体験する側に回るとは思わなかった。
「そうやって嘘だって思い込もうとしてるってことは、おれのこと嫌いじゃなくて、好きだから?」
肩を掴む力が、少し強まる。
「ち、ちが」
「ああ。エイプリルフールだから、それ、嘘ってことだな」
すぐ目の前に、彼の瞳がある。
唇があたたかい。口の中にもなにか湿った感触が――
「っな、にして!」
思わず突き飛ばしてしまった。もう展開に全然ついていけない。わけがわからない。
「もう一度言う。おれはお前がずっと好きだった」
距離を詰めて、まっすぐにこちらを見つめて、同じ台詞を告げられた。
「お前もおれが好きだよな?」
ばかみたいに前向きでな彼の、勝利を確信した笑みの前に、足掻きはもはや無駄だった。
お題:エイプリルフール
ふと、頭を一度撫でられた。
振り返ると同時に、身体が一回り大きな彼に包まれる。
「どうしたの?」
「ん、充電中」
このところ仕事が忙しかったし、恋人として支えになれるなら本望だ。労るように背中をさする。さらに抱き寄せられて少しびっくりしたけれど、愛おしさももっと増した。
普段から褒めるときや慰めるときなど、頭を撫でてもらう行為は日常茶飯事みたいなものだから、最初は全く気づかなかった。
こうやって甘えてくるときは、必ず一度だけ。
改めて意識してみると、普段と違ってちょっと遠慮がちというか、伺うような素振りがある。
(突然こんなことしてごめん、って思ってるのかもね)
真面目な上に10歳年上だから、しっかりしなくちゃという気持ちが強いのかもしれない。
全然気にしなくていいし、もっと頼ってくれてかまわないのに、と口で伝えるのは簡単だが、きっと彼は頑張ってしまうだろう。
だから、少しずつ少しずつ、自然と寄りかかれるようにしていくんだ。
(あなたは私をとても大事だって言ってくれたけど、私もなんだからね)
お題:何気ないふり
見つめられて、また、動けなくなった。
いわゆる「蛇に睨まれたカエル状態」がふさわしい。
だって、全然考えが読めない。
唇は笑いのかたちを作っているのに、瞳は底なし沼のようにひたすら暗い。そこだけ切り取ると、怨恨を向けられているんじゃないかと錯覚するほどだ。
「お前、俺に何が言いたいんだよ」
今までは言い知れない恐怖が邪魔をして何度も問いをためらった。
いい加減、限界だった。どんな答えでもいいから、種明かしをされて楽になりたかった。
「さあ、何だと思う?」
それは反則じゃないか。
「わたしから言えるのは、答えはあなたが持っているってことね」
双眸が少し細くなって、睨んでいるようにもとれる表情に変わる。唇の両端がさらに持ち上がる。変に整っているからこそ、妖しくも、怪しくも見える。
こっちに解答権があるだって?
確実に言えるのは「意味がわからない」しかない。
当たり前だろう?
校内で何度かすれ違った程度の認識しかないやつに、かける言葉なんか見つからない。
お題:見つめられると
ああ、まぶしい。
まぶしすぎて、やみくもに手を伸ばしてもその場所に届かない。
いつも周りを明るく照らし続けて、なのに自身の煌めきは全然衰えない。
誰にも真似できない。手に入れられない。
わかっていても、うらやましい。
……というような話をついしたら、思いきり呆れられた。
「なに言ってんだよ、こっちだってお前がうらやましいって思ってるのに」
聞き間違いではないみたいだった。みんなの中心にいるお前が、自分をうらやましいだって?
「お前の話聞いてると俺が光みたいな存在だって聞こえるけど、ならお前は闇だ。といってもマイナスな意味じゃないぞ」
暗くて怖い。なんだかじめじめしていそう。ずっと浴びていたら気分が落ち込んでしまう。……今挙げてみただけでも、マイナスなものしかなかった。
「お前みたいに言うなら、ずっと照らされ続けたらいつも元気でいなきゃいけない、頑張らないといけないって気持ちになるだろ? そうしたら休む暇がないじゃないか。闇があれば隠れられる。休めるだろ?」
つまり、そういう存在だと言いたいのか? まさか、今まで一度も意識したことはない。
「お前と話してると不思議と落ち着くし、実際相談されたりただ話聞いてほしい! ってやつも多いんじゃね?」
確かに、どうして自分のところに来るのだろうとは思っていた。それでも毎回、自分なりに力になれるようにと気持ちを込めながら対応していたが、間違いではなかったのだろうか。
「俺はせいぜいやる気を上げるくらいしかできないから、いつもすごいと思ってるし、真似したくてもできないよ。ま、お互い様ってところだな」
歯を見せて笑い飛ばす彼に、やっぱりかなわないと思いつつも、心の中が優しい光で包まれたような気分になった。
お題:ないものねだり