これは夢だ。
だって、目の前であの人が笑ってる。
現実は違う。もうかなわない。
あのとき、あんな選択をしてしまったから。
自らの欲に負けてしまったから。
「ねえ、大好き」
「あのとき、声をかけてくれてありがとう」
「本当は待っていたんだって言ったら、君は信じる?」
まったく……なんて夢だ。
ぬくもりすら本当に感じるなんて。
どこかの記憶を無意識に引っ張って、与えられているものと勘違いしているだけなのに。
視界が、薄暗い天井を映した。
ひどく、気持ち悪い。
未だに、自ら身を引いた選択をぐだぐだ引きずっているなんて、反吐しか出ない。
お題:未知の交差点
「ここ」より先のラインにはいかない。
ちょうどいい距離感を保つほうが、きっとお互いにとって最良だから。
君はどうかいつまでも、そのままで。
「お前はほんっとーに馬鹿だな」
「いつものお説教かな?」
「まーだあいつには綺麗なままでいて欲しいとかくだらねーこと考えてやがんだなって呆れまくってんだよ」
「それはそうでしょ。あんな純粋な子の隣をずっと歩けるのは同じくらい綺麗な人じゃなきゃ」
「……あのさあ」
親友は珍しく、俺をまっすぐに見据えた。呆れも怒りもない。
「お前、あいつのことわかってなさすぎ。っていうかわざとわかろうとしてないよな」
表情が変に固まってしまったかもしれない。
「あいつはお前の前でだけ、綺麗なままを演じてるだけかもな? お前が臆病だから」
無意識に首を振っていた。
ほら、思い出す彼女の笑顔はいつだってきらきらしている。演技だなんて思えない。
「あいつが大事で仕方ないなら、いい加減前に進めよ。それがあいつにとっても『最良の選択』だ」
うまく呼吸ができない。
「……お前、あの子からなにか、聞いてるのか」
何とか絞り出した問いに、親友は答えなかった。
お題:愛する、それ故に
瞳を開けていても、やわらかく降り注ぐ雨粒たちが、みっともない涙を容赦なく流して、隠してくれる。
視界を隠していても、優しく耳を打つ雨音が、雑音をふわりと覆い隠してくれる。
今日だけでいいの。
今日だけ、私だけの味方でいて。
今日だけ、私の味方なんだと信じさせて。
お題:やさしい雨音
「あなたは私と共に行く運命なのです。あなたこそ、救世主となるべくして生まれてきたお方」
「なんで……なんでお前が生きてるんだ! お前はあそこで死ぬべきやつだったのに!」
「だまされてはなりません。私があなたを全力でお守りいたします。ですからどうぞ、この手をお取りください」
「貴様、ふざけるなよ。こいつは救世主なんかじゃない、死神だ!」
あなたたちは一体、だれ。
そもそも、じぶんは一体だれ。
なにも覚えていない。わからない。
「あなたこそ、邪魔をすると容赦しませんよ。あの方を亡き者にするなど、許されることではありません」
「なにも知らないようだな……おめでたいやつだ。いいだろう、先に貴様を片付けてやる!」
わからないまま、だれかとだれかが争っている。
逃げたい。でもどこに?
開いたばかりの目を、また閉じるしかできない。
ほんとうに信じられるものを、
ただしく導いてくれるものを、
それさえあれば、いますぐにでも歩き出せるのに。
お題:物語の始まり
気を向けたことはなかった。
自分には関係ない。いや、変えていける。「それ」に従うことは絶対にない。
なのに、この現状はなに?
――ほうら、見たことか。
――なんと無駄な足掻きだったか。あわれ、あわれ。
そう嗤われた気がして、反射的に何度も頭を振る。
全部自らの意志で歩いてきた。たまたまに決まっている。最初に言った通り意識を向けたことなどない。
確かにそう自覚しているのに、どうして、どうしてこんなに、みじめで苦しいの。
お題:遠くの声