瞳を開けていても、やわらかく降り注ぐ雨粒たちが、みっともない涙を容赦なく流して、隠してくれる。
視界を隠していても、優しく耳を打つ雨音が、雑音をふわりと覆い隠してくれる。
今日だけでいいの。
今日だけ、私だけの味方でいて。
今日だけ、私の味方なんだと信じさせて。
お題:やさしい雨音
「あなたは私と共に行く運命なのです。あなたこそ、救世主となるべくして生まれてきたお方」
「なんで……なんでお前が生きてるんだ! お前はあそこで死ぬべきやつだったのに!」
「だまされてはなりません。私があなたを全力でお守りいたします。ですからどうぞ、この手をお取りください」
「貴様、ふざけるなよ。こいつは救世主なんかじゃない、死神だ!」
あなたたちは一体、だれ。
そもそも、じぶんは一体だれ。
なにも覚えていない。わからない。
「あなたこそ、邪魔をすると容赦しませんよ。あの方を亡き者にするなど、許されることではありません」
「なにも知らないようだな……おめでたいやつだ。いいだろう、先に貴様を片付けてやる!」
わからないまま、だれかとだれかが争っている。
逃げたい。でもどこに?
開いたばかりの目を、また閉じるしかできない。
ほんとうに信じられるものを、
ただしく導いてくれるものを、
それさえあれば、いますぐにでも歩き出せるのに。
お題:物語の始まり
気を向けたことはなかった。
自分には関係ない。いや、変えていける。「それ」に従うことは絶対にない。
なのに、この現状はなに?
――ほうら、見たことか。
――なんと無駄な足掻きだったか。あわれ、あわれ。
そう嗤われた気がして、反射的に何度も頭を振る。
全部自らの意志で歩いてきた。たまたまに決まっている。最初に言った通り意識を向けたことなどない。
確かにそう自覚しているのに、どうして、どうしてこんなに、みじめで苦しいの。
お題:遠くの声
「お前、いい加減やめろ」
なんのことかわからなくて首を傾げると、肩を掴まれる。
「いっ……」
「痩せ我慢するなよ。無駄に張り切るな。本番はこれからなんだぞ」
そんなつもりはない。と言っても、たぶんあなたは納得してくれない。
だって、もうすぐ長年の悲願が叶う大事なときだから。
立ち止まりたくなんかない。
「意外と深くない傷だから安心して。足手まといにはならない」
反論しようとする彼をまっすぐに見上げた。掴んだままの手をゆっくり外して、そのまま握る。
「もうすぐなんだから、大丈夫。もしやばそうなら声をかけるから」
本当はわかってる。
私にかけた言葉は全部、自分自身に言い聞かせてるんだよね。
頑張って隠しているみたいだけど、誰よりも、私よりも、願望が達成される瞬間を待ち焦がれていることを知っている。隠している理由もなんとなくわかる。
私は、代わり。
私は、あなたが気持ちをぶつけられる場所。
あなたは安心して、願いをかなえて。
お題:何でもないフリ
隣から、わずかな重みを感じた。
——今年も、本格的な冬がやってきた。
「なによ、なにニヤついてんの?」
「いいや、寒くなったなーってだけ。今日はまたことさらね」
「ったく、ほんと勘弁してほしいわ……」
いわゆる「ツンデレ」気味な彼女は絶対に認めないだろう。というか自覚すらないかもしれない。
外を歩いているときは絶対触れ合わない距離が、縮まることを。
わずかな感触すら伝わってくるほどに、縮まることを。
「あー、かわいいなぁ」
「……寒さでおかしくなった?」
「ま、それでいいよ」
「なんか、むかつく。全然意味わかんない」
自分だけがわかる、冬のはじまりのしるし。
誰にも、彼女にも理解されなくてもかまわない、特別で大事なしるし。
お題:冬のはじまり