「お前、いい加減やめろ」
なんのことかわからなくて首を傾げると、肩を掴まれる。
「いっ……」
「痩せ我慢するなよ。無駄に張り切るな。本番はこれからなんだぞ」
そんなつもりはない。と言っても、たぶんあなたは納得してくれない。
だって、もうすぐ長年の悲願が叶う大事なときだから。
立ち止まりたくなんかない。
「意外と深くない傷だから安心して。足手まといにはならない」
反論しようとする彼をまっすぐに見上げた。掴んだままの手をゆっくり外して、そのまま握る。
「もうすぐなんだから、大丈夫。もしやばそうなら声をかけるから」
本当はわかってる。
私にかけた言葉は全部、自分自身に言い聞かせてるんだよね。
頑張って隠しているみたいだけど、誰よりも、私よりも、願望が達成される瞬間を待ち焦がれていることを知っている。隠している理由もなんとなくわかる。
私は、代わり。
私は、あなたが気持ちをぶつけられる場所。
あなたは安心して、願いをかなえて。
お題:何でもないフリ
隣から、わずかな重みを感じた。
——今年も、本格的な冬がやってきた。
「なによ、なにニヤついてんの?」
「いいや、寒くなったなーってだけ。今日はまたことさらね」
「ったく、ほんと勘弁してほしいわ……」
いわゆる「ツンデレ」気味な彼女は絶対に認めないだろう。というか自覚すらないかもしれない。
外を歩いているときは絶対触れ合わない距離が、縮まることを。
わずかな感触すら伝わってくるほどに、縮まることを。
「あー、かわいいなぁ」
「……寒さでおかしくなった?」
「ま、それでいいよ」
「なんか、むかつく。全然意味わかんない」
自分だけがわかる、冬のはじまりのしるし。
誰にも、彼女にも理解されなくてもかまわない、特別で大事なしるし。
お題:冬のはじまり
「ねえ、私といても楽しくない? いつもなんか、しかめっ面してるっていうか……」
ああ、まただめ、なのか。
「そんなことないって。君とこうして一緒にいるのは本当に楽しいよ」
「……そう、なの? 今もほら、そういう顔してるわよ」
「そうだった? ああ、ちょっと眩しいのが苦手だからかも。昔からなんだ、ごめんね」
なんとか彼女は納得してくれたけど、たぶん、もう終わりかもしれない。
――現代からすればおとぎ話でしかない、おとぎ話と信じたいこの身体が、憎い。
これでも、先代や先々代などに比べたらまだ「マシ」だと言う。日中は出歩けない、さらに定期的な血液の摂取が必要――血液は人間でなければならない、なんて馬鹿みたいな制約もあった。それに比べれば、この身体は確かに恵まれているのだろう。
それでも関係ない。今生きている自分は、充足感が全然足りない。
努力すればもう少し「まとも」になるかもしれない。何か手段があるかもしれない。
過去にみっともなく足掻いてみせた結果はすべて、無駄だった。
『ごめんね。普通に生きられない身体で、ほんとうにごめんね……』
子どもの頃に、泣きながらそう告げた母親を思い出す。
――謝るくらいなら普通に生きられる身体にしてほしかった。
日中をほぼ室内でしか過ごせなかったのを知っていたから、とてもそうは言えなかったけれど。
手を振る彼女を見送りながら、さほど強くないはずの太陽の光にじりじり焼かれる感触に、行き場のない苛立ちを必死に飲み込んだ。
お題:太陽の下で
頭をよぎるのは、一番幸せだったかもしれない、あの日。
「俺、君のこと好きなんだ。ずっとずっと好きで、君は違うかもしれないけど、諦めきれなくて」
夢なんじゃないかと疑ったけれど、わたしを抱きしめるぬくもりも、少し苦しさを感じる力も、間違いなく本物で。
わたしには手の届かない人だと思っていた。
はじめて好きになった人と想いを重ね合わせられるなんて、思っていなかった。
――ねえ、やっぱり、夢だったの? それなら早く覚ましてほしかった。
あなたの心が、別の場所にいることなんて、とっくに知っているの。
わたしが共に歩みを進めようと手を差し伸べても、渋ったままやんわり拒否をしていること、気づいているの。
それなのに……中途半端に愛を囁いてくるせいで、断ち切れないでいる。
ああ、早くこの悪夢から逃れないといけない。
手遅れになる前に、はやく。
お題:脳裏
※BL要素がありますので苦手な方はお気をつけください。
今日はありがとう、なんてメッセージを送ったら、五分後くらいにその主から電話がかかってきた。
「どうした?」
「……どうしたって、どうもしないよ」
「うそだね。いつもはこんなメッセージ送ってこないじゃん」
ああ、やっぱりわかりやすかったか。いや、彼が鋭すぎるんだと思う。本当に、おれ自身に関してはエキスパートだから。
「いや、本当になんでもないんだ。今日は本当に楽しかったから、ふわふわした気持ちがまだ残ってるんだよ」
最近、珍しく仕事が忙しくなってしまって、職種が全然違う彼とは全く時間が合わなくなってしまった。一応電話やメッセージのやり取りはちょこちょこしていたけれど、やっぱり「生」にはかなわない。
「……ふーん。ちなみに俺は、さんざん一緒にいたのに寂しいなぁって思ってたよ」
「え」
反射的に声が漏れた。
「やっぱりお前も同じ気持ちだったね」
「え、いや……」
「まったく、いつも素直なのに変なところでバレバレの嘘つくよなぁ。やめたほうがいいよ、そのクセ」
目の前に彼はいないのに、まるで頭からつま先までじっくり見られているようだ。頬が熱くなっているのを感じる。
「だ、だって。ブレーキかけないと、わがままになっちゃうじゃないか」
なにを言ってるんだと言いたげな反応に、ムキになって続ける。
「君はおれがもっとわがままになっていいっての? 君の都合も考えずに振り回しちゃうんだぞ?」
おれなら、少しなら甘えてもらっている証拠だと思って嬉しくなるけれど、度が過ぎるとさすがに辟易する。おれや彼に限らず、一般的な感覚だろう。
「まあ、俺は嬉しいよ。そもそもお前、言うほどわがままじゃないじゃん」
まさかの返答だった。
「今日だって、寂しいから別れたくないって言ってくれたら全然泊まったし」
「い、言えないよ。おれは休みだけど君は仕事でしょ」
「俺んちに泊まるでもよかったんだけど?」
「どっちにしろおれの理性がもたない!」
軽く吹き出された。
「も、もたないって。ぶっちゃけすぎだろ」
「しょうがないでしょ恋人と一緒に寝たら!」
もう、なにやってるんだろう。こんなことならメッセージなんて送らなきゃよかった。彼の聡い性格をうっかり忘れた罰だ。
「いい加減もう寝るよ。ごめんよ、こんなくだらないことに付き合わせて」
「まあまあ、落ち着けって。おかげさんで、前から考えてた計画を実行すべきだってわかったよ」
計画? また話が読めない。
「もう俺たち一緒に住もう。そうしたら今より寂しくなくなるし、帰る場所が一緒になるしで、いいことづくめ」
あまりの大告白に返答できないまま、詳細はまた話すと言い残して通話は切れた。
「……ちょっと、ますます、寝れないじゃないか」
明日が休みで、本当によかった。
お題:眠りにつく前に