Ayumu

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4/18/2025, 2:48:35 PM

「あなたは私と共に行く運命なのです。あなたこそ、救世主となるべくして生まれてきたお方」
「なんで……なんでお前が生きてるんだ! お前はあそこで死ぬべきやつだったのに!」
「だまされてはなりません。私があなたを全力でお守りいたします。ですからどうぞ、この手をお取りください」
「貴様、ふざけるなよ。こいつは救世主なんかじゃない、死神だ!」

 あなたたちは一体、だれ。
 そもそも、じぶんは一体だれ。
 なにも覚えていない。わからない。

「あなたこそ、邪魔をすると容赦しませんよ。あの方を亡き者にするなど、許されることではありません」
「なにも知らないようだな……おめでたいやつだ。いいだろう、先に貴様を片付けてやる!」

 わからないまま、だれかとだれかが争っている。
 逃げたい。でもどこに?
 開いたばかりの目を、また閉じるしかできない。

 ほんとうに信じられるものを、
 ただしく導いてくれるものを、
 それさえあれば、いますぐにでも歩き出せるのに。


お題:物語の始まり

4/16/2025, 2:21:05 PM

気を向けたことはなかった。
自分には関係ない。いや、変えていける。「それ」に従うことは絶対にない。
なのに、この現状はなに?

――ほうら、見たことか。
――なんと無駄な足掻きだったか。あわれ、あわれ。

そう嗤われた気がして、反射的に何度も頭を振る。
全部自らの意志で歩いてきた。たまたまに決まっている。最初に言った通り意識を向けたことなどない。
確かにそう自覚しているのに、どうして、どうしてこんなに、みじめで苦しいの。


お題:遠くの声

12/12/2023, 8:04:11 AM

「お前、いい加減やめろ」
 なんのことかわからなくて首を傾げると、肩を掴まれる。
「いっ……」
「痩せ我慢するなよ。無駄に張り切るな。本番はこれからなんだぞ」
 そんなつもりはない。と言っても、たぶんあなたは納得してくれない。
 だって、もうすぐ長年の悲願が叶う大事なときだから。
 立ち止まりたくなんかない。
「意外と深くない傷だから安心して。足手まといにはならない」
 反論しようとする彼をまっすぐに見上げた。掴んだままの手をゆっくり外して、そのまま握る。
「もうすぐなんだから、大丈夫。もしやばそうなら声をかけるから」

 本当はわかってる。
 私にかけた言葉は全部、自分自身に言い聞かせてるんだよね。
 頑張って隠しているみたいだけど、誰よりも、私よりも、願望が達成される瞬間を待ち焦がれていることを知っている。隠している理由もなんとなくわかる。
 私は、代わり。
 私は、あなたが気持ちをぶつけられる場所。
 あなたは安心して、願いをかなえて。


お題:何でもないフリ

11/30/2023, 5:23:44 AM

 隣から、わずかな重みを感じた。

 ——今年も、本格的な冬がやってきた。

「なによ、なにニヤついてんの?」
「いいや、寒くなったなーってだけ。今日はまたことさらね」
「ったく、ほんと勘弁してほしいわ……」
 いわゆる「ツンデレ」気味な彼女は絶対に認めないだろう。というか自覚すらないかもしれない。
 外を歩いているときは絶対触れ合わない距離が、縮まることを。
 わずかな感触すら伝わってくるほどに、縮まることを。
「あー、かわいいなぁ」
「……寒さでおかしくなった?」
「ま、それでいいよ」
「なんか、むかつく。全然意味わかんない」

 自分だけがわかる、冬のはじまりのしるし。
 誰にも、彼女にも理解されなくてもかまわない、特別で大事なしるし。


お題:冬のはじまり

11/26/2023, 6:28:20 AM

「ねえ、私といても楽しくない? いつもなんか、しかめっ面してるっていうか……」

 ああ、まただめ、なのか。

「そんなことないって。君とこうして一緒にいるのは本当に楽しいよ」
「……そう、なの? 今もほら、そういう顔してるわよ」
「そうだった? ああ、ちょっと眩しいのが苦手だからかも。昔からなんだ、ごめんね」
 なんとか彼女は納得してくれたけど、たぶん、もう終わりかもしれない。

 ――現代からすればおとぎ話でしかない、おとぎ話と信じたいこの身体が、憎い。

 これでも、先代や先々代などに比べたらまだ「マシ」だと言う。日中は出歩けない、さらに定期的な血液の摂取が必要――血液は人間でなければならない、なんて馬鹿みたいな制約もあった。それに比べれば、この身体は確かに恵まれているのだろう。
 それでも関係ない。今生きている自分は、充足感が全然足りない。
 努力すればもう少し「まとも」になるかもしれない。何か手段があるかもしれない。
 過去にみっともなく足掻いてみせた結果はすべて、無駄だった。 
『ごめんね。普通に生きられない身体で、ほんとうにごめんね……』
 子どもの頃に、泣きながらそう告げた母親を思い出す。

 ――謝るくらいなら普通に生きられる身体にしてほしかった。

 日中をほぼ室内でしか過ごせなかったのを知っていたから、とてもそうは言えなかったけれど。

 手を振る彼女を見送りながら、さほど強くないはずの太陽の光にじりじり焼かれる感触に、行き場のない苛立ちを必死に飲み込んだ。


お題:太陽の下で

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