「あなたは私と共に行く運命なのです。あなたこそ、救世主となるべくして生まれてきたお方」
「なんで……なんでお前が生きてるんだ! お前はあそこで死ぬべきやつだったのに!」
「だまされてはなりません。私があなたを全力でお守りいたします。ですからどうぞ、この手をお取りください」
「貴様、ふざけるなよ。こいつは救世主なんかじゃない、死神だ!」
あなたたちは一体、だれ。
そもそも、じぶんは一体だれ。
なにも覚えていない。わからない。
「あなたこそ、邪魔をすると容赦しませんよ。あの方を亡き者にするなど、許されることではありません」
「なにも知らないようだな……おめでたいやつだ。いいだろう、先に貴様を片付けてやる!」
わからないまま、だれかとだれかが争っている。
逃げたい。でもどこに?
開いたばかりの目を、また閉じるしかできない。
ほんとうに信じられるものを、
ただしく導いてくれるものを、
それさえあれば、いますぐにでも歩き出せるのに。
お題:物語の始まり
気を向けたことはなかった。
自分には関係ない。いや、変えていける。「それ」に従うことは絶対にない。
なのに、この現状はなに?
――ほうら、見たことか。
――なんと無駄な足掻きだったか。あわれ、あわれ。
そう嗤われた気がして、反射的に何度も頭を振る。
全部自らの意志で歩いてきた。たまたまに決まっている。最初に言った通り意識を向けたことなどない。
確かにそう自覚しているのに、どうして、どうしてこんなに、みじめで苦しいの。
お題:遠くの声
「お前、いい加減やめろ」
なんのことかわからなくて首を傾げると、肩を掴まれる。
「いっ……」
「痩せ我慢するなよ。無駄に張り切るな。本番はこれからなんだぞ」
そんなつもりはない。と言っても、たぶんあなたは納得してくれない。
だって、もうすぐ長年の悲願が叶う大事なときだから。
立ち止まりたくなんかない。
「意外と深くない傷だから安心して。足手まといにはならない」
反論しようとする彼をまっすぐに見上げた。掴んだままの手をゆっくり外して、そのまま握る。
「もうすぐなんだから、大丈夫。もしやばそうなら声をかけるから」
本当はわかってる。
私にかけた言葉は全部、自分自身に言い聞かせてるんだよね。
頑張って隠しているみたいだけど、誰よりも、私よりも、願望が達成される瞬間を待ち焦がれていることを知っている。隠している理由もなんとなくわかる。
私は、代わり。
私は、あなたが気持ちをぶつけられる場所。
あなたは安心して、願いをかなえて。
お題:何でもないフリ
隣から、わずかな重みを感じた。
——今年も、本格的な冬がやってきた。
「なによ、なにニヤついてんの?」
「いいや、寒くなったなーってだけ。今日はまたことさらね」
「ったく、ほんと勘弁してほしいわ……」
いわゆる「ツンデレ」気味な彼女は絶対に認めないだろう。というか自覚すらないかもしれない。
外を歩いているときは絶対触れ合わない距離が、縮まることを。
わずかな感触すら伝わってくるほどに、縮まることを。
「あー、かわいいなぁ」
「……寒さでおかしくなった?」
「ま、それでいいよ」
「なんか、むかつく。全然意味わかんない」
自分だけがわかる、冬のはじまりのしるし。
誰にも、彼女にも理解されなくてもかまわない、特別で大事なしるし。
お題:冬のはじまり
「ねえ、私といても楽しくない? いつもなんか、しかめっ面してるっていうか……」
ああ、まただめ、なのか。
「そんなことないって。君とこうして一緒にいるのは本当に楽しいよ」
「……そう、なの? 今もほら、そういう顔してるわよ」
「そうだった? ああ、ちょっと眩しいのが苦手だからかも。昔からなんだ、ごめんね」
なんとか彼女は納得してくれたけど、たぶん、もう終わりかもしれない。
――現代からすればおとぎ話でしかない、おとぎ話と信じたいこの身体が、憎い。
これでも、先代や先々代などに比べたらまだ「マシ」だと言う。日中は出歩けない、さらに定期的な血液の摂取が必要――血液は人間でなければならない、なんて馬鹿みたいな制約もあった。それに比べれば、この身体は確かに恵まれているのだろう。
それでも関係ない。今生きている自分は、充足感が全然足りない。
努力すればもう少し「まとも」になるかもしれない。何か手段があるかもしれない。
過去にみっともなく足掻いてみせた結果はすべて、無駄だった。
『ごめんね。普通に生きられない身体で、ほんとうにごめんね……』
子どもの頃に、泣きながらそう告げた母親を思い出す。
――謝るくらいなら普通に生きられる身体にしてほしかった。
日中をほぼ室内でしか過ごせなかったのを知っていたから、とてもそうは言えなかったけれど。
手を振る彼女を見送りながら、さほど強くないはずの太陽の光にじりじり焼かれる感触に、行き場のない苛立ちを必死に飲み込んだ。
お題:太陽の下で