にや

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2/5/2024, 9:40:16 AM

清楚な美少女に浴室に連れ込まれて目が覚めた。

これだけなら、男なら誰もが羨む展開だろう。

しかし、実際は昨日から着たままの縒れたスーツのままいい歳をした男3人で浴室に放りこまれ、その上から袋ごと白い砂のようなものを浴びせかけられた。夢も色気もあったもんじゃない。

「うぇっぷ。なんですか…?」

鑑識官の守山は寝起きの重たい頭を振る。革のソファで、座ったまま寝ていたせいか身体中の関節が凝り固まっているようだ。

「うへ、塩だな。こりゃまた、大層なおもてなしだ。」

すぐ隣から、先輩である検視官の鳶田の呻く声がする。その声で、昨日の事をクリアに思い出せた。

連続不審水死事件。その事件の真相を探しに、SNSを騒がせている“海神様”の出るという海辺に向かったのだった。

その後、夜遅くということもあり、目黒探偵事務所で夜を明かしつつ雑談をしていたのだが、いつの間にか寝てしまっていたようだった。

「塩…昨日、祠に行ったからですか…でも、彼女、なんで…」

まとまらない頭で言葉を捻り出すが、舌がもつれる。思ったより動揺しているようだ。

「あの娘、紗枝ちゃんつってな。寺の娘かなんかでこのテのこと詳しいんだ」

鳶田がネクタイを緩めつつ、シャワーを捻る。手足についた塩を落としたいのだろうが、狭いマンションタイプの浴室に男3人。迷惑なんてものじゃない。

「ちょ、鳶田さん。せめて順番にお願いしますよ!」
「あ、悪ぃ。んで、紗枝ちゃんだけど、なんでここにいるかって、目黒の身内なんだわ」
「え」
「姪っ子なんだと」
「ええ!」

驚いて振り返ったせいか、真正面からシャワーを浴びる羽目になった。

足元では濡れているにも関わらず、随分手荒な真似をされても夢の世界にいる目黒探偵が転がっている。

「じゃ、先出とくわ」

あっさり出ていった鳶田を追いかけようとスーツにこびりついた塩を払う。流れたままのシャワーを止めようとしたが、転がったままの目黒に躓き盛大に浴室の冷たい床とキスをする羽目になった。

2/2/2024, 9:46:53 AM

「ブランコって知ってる?」

無縁の祠で無数の誰に届くか分からない願いに、自然と口数はなくなった。

誰からということもなく、示し合わせたように祠を後にして帰路に着く。

無音が支配する車内に音を作ったのは目黒のなんとも興味をそそられる話だった。

ブランコ。そう、公園とかにある、あの揺れるやつ。
あれの起源って知ってる?え、なんで今って…
海神様の件で思い出してさ。
ブランコの起源はまあ、諸説ありなんだけど、特に古いものがヒンドゥー教の儀式で。シヴァ神に降りたってもらうための儀式にブランコが使われてたらしいよ。

で、そのブランコなんだけど、日本では平安時代から記述があるんだけど、遊具とかじゃなくて、大人の筋トレ道具みたいなもんだったみたい。
中国から伝来したとか言われてるけど、その当の中国ではどう使われてたと思う?
え?空中ブランコ?いや、うん。ふふ。

実はね。お色気道具なんだって。待って怒らないで!
前見て運転して!真面目な話だから!

纏足って知ってる?あの足ちっちゃくするやつね。それが性的魅力の一種だった時にブランコに乗せて楽しんでたんだって。何が面白いって、ヨーロッパでも似たようなことしててさ。
ブランコに貴婦人乗せてスカートから覗く足見て興奮してたって。

いやぁ…どんな時代でも男ってスケベだよね。だから前見て!

まあ、こんな感じで当初の目的から大きく逸れちゃうもの、間違って伝来したものっていっぱいあってさ。

海だって本当は食われるとか、恐ろしい化物が住んでるとか言われてた。それが神様がおわすって言われて、綿津見神が統べる場所になって。
そこから綿津見神は海の支配者。海は恵みをもたらす場所になった。今じゃ大綿津見神は家内安全の神様だよ。海への恐れどこ行ったんだろうね。

この海神様への呪いも、そうやって変遷してきたんじゃないかな。

この呪いの本当の目的、それが分かれば事件解決の糸口になると思うんだけど。

海って本当は、恐ろしい場所なんだ。

1/31/2024, 6:15:27 PM

駆け落ちをしよう。私達が許されることはないんだ。

きっと父君はたくさん人を寄越すだろう。私はきっと振り切ってみせる。

君は小柄だから、騒ぎに紛れて街を出ると良い。

海に行こう。海風に揺られながら、そこで一生を過ごすんだ。

大丈夫。もしお互いが分からなくなっても、きっと出会えるように約束をしよう。

“会いたいと海に向かって欲しい”

それだけだと不安?

ふふ、それなら

“木に名前を書いて見せて欲しい”

これなら、声の出せない君でも出来るだろう?

炭がなければ?削る刃がなければ?

うーん…

うん?血で書く?

君の美しい手が傷つくのは嫌だけれど、会えないのはもっと嫌だものね。その傷でさえ、愛の証だ。

じゃあ、きっと会いにいくよ。海辺で。




あの約束からどれだけ経ったのだろう。どれだけ歩いたのだろう。果てのない独り旅をしているようだ。

けれど、きっと。きっと出会える。

約束したじゃないか。

とれだけ経っても私は彼女を迎えに行くよ。

それにしても、今日の夕日は一等に美しい。彼女と見たかったものだ。上から差し迫る夜の闇が、沈む前の陽をより輝かせて見える。

知らずに入っていたのか、潮が満ちてきたのか。海水が疲れきった足に心地いい。ここは穏やかだ。ここで彼女を待つのも良いのではないだろうか。あぁ、足が鉛のように重たい。

途端に、背中が燃えるように熱くなった。

そこからは、身体がなぜだか浮くように軽い。頭にも靄がかかっているみたいなのに、ただ、彼女を迎えに行くことだけは覚えている。彼女との、約束も。

もし、

あなたが私のイトシイ人かい?

それとも君?

木片に、血の願い、海辺、でも君の顔だけが思い出せない。でも、いつまでも待つから…

長い長い旅路の果てに、今君に会いに行くよ。

1/31/2024, 2:32:13 AM

工場地帯の端、山と防波堤の間に走る道にぽつぽつと置かれた外灯が逆に薄気味悪さを演出している。

工場と道路の間にある、工業排水を流す為の凹んだ
区域は、排水処理設備の陰になっているせいか、車のライトがなければ真っ暗闇になるだろう。

ここ数日に起きた連続不審水死体事件の手がかりを掴むべく、検視官の鳶田と鑑識官の守山は、この場所に訪れた。

SNSを騒がせている『海神様』それが今回の事件の手がかりなのだが…

「ここが海神様に願いを出せるって噂になってる海。でもまあ、本当はこっち。」

探偵の目黒が山の方へ足を向けた。噂の海神様について我々をこの場所に連れてきた探偵が向かったのは、擁壁が途切れて簡単なアルミ柵を張った先の山道だった。

アルミ柵をすり抜け、人が踏みしめただけであろう山道を進むと、ぽっかりと拓けた場所に出た。

そこには、苔むした小さな小さな石祠。柱には簡素だが細工がされており、小さいとはいえ整えればきちんとした祠になりそうな代物だった。祠の中は空で、しめ縄もないが、荒れ果てた風でないのは“参拝者”がいるからだろうか。

祠のかかる石台の下には、水溜まりがあり、海水が流れ込んでいるようだった。

その水溜まりに、夥しいほどの木片が詰め込まれていた。どの板も赤黒く変色し、鉄さびの匂いに満ちている。


「海神様のおわす汀に打ち上げられた木の板に、己の血で願いを書いて黄昏時の祠に捧げる。それが海神様への正しい呪いの願い方。」

張こめた空気をゆったりと割くように目黒が呟いた。肺にこもっていた空気をぶはっと吐き出す。知らないうちに、息を詰めていたようだった。

「どうしても…届けたい想いがあったんだろうな…」

鳶田は喉を詰まらせながら、なんとかそれだけ絞り出した。

つい、祠を前に手を合わそうとした守山を目黒が止める。

「やめといた方がいい。何に祈りが届くかわからないから。」

空っぽの祠には、ナニが住んでるかわからないんだから…

「狂おしい程の想いは、届いちゃいけないところに届くこともあるんだ。」

1/29/2024, 8:44:42 PM

昔々、大層仲の睦まじい夫婦がおりました。

生まれたときから共にいた2人は、夫婦であり、身体の一部のようでありました。

2人の間には美しい娘と賢しい息子がおりました。

夫は家族を養うために、漁に出ました。

時には夜を越えて帰らない日もあるほど、仕事に打ち込みました。

妻はそんな夫を子供達と待ちました。夫を案じては板に願いを込めては、海の神様に祈りを捧げました。

海の神様、綿津見神様。きっと願いを届けてください。

ある日、夫は何日も帰りませんでした。

突然の嵐の日のことでした。

妻は何枚も何枚も板に願いを書きました。

どうか夫を返してください。

夜通しに、何枚も書いた妻の指は、爪が捲れ、血が溢れ、板もたちまちに血で染まりました。

海神様に届いたのでしょうか。

海も染まる血の板が流れた日の黄昏時の事。

夫は海から帰ってきました。

夕日の逆光で姿は黒く染まっていましたが、妻は夫であると一目で分かりました。

嗚呼、愛しい人よ。

妻は帰還した夫の為に様々なモノを与えました。

望むがままに、与えました。

娘を欲しがれば、砕いて与えました。

息子を欲しがれば、焼いて与えました。

自らを欲しがれば、その度に千切って与えました。

愛を与えよ、さらばアイを与えられん

愛を…

愛を…

彼女は一体『ナニ』を愛したのでしょうか

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