昔々、大層仲の睦まじい夫婦がおりました。
生まれたときから共にいた2人は、夫婦であり、身体の一部のようでありました。
2人の間には美しい娘と賢しい息子がおりました。
夫は家族を養うために、漁に出ました。
時には夜を越えて帰らない日もあるほど、仕事に打ち込みました。
妻はそんな夫を子供達と待ちました。夫を案じては板に願いを込めては、海の神様に祈りを捧げました。
海の神様、綿津見神様。きっと願いを届けてください。
ある日、夫は何日も帰りませんでした。
突然の嵐の日のことでした。
妻は何枚も何枚も板に願いを書きました。
どうか夫を返してください。
夜通しに、何枚も書いた妻の指は、爪が捲れ、血が溢れ、板もたちまちに血で染まりました。
海神様に届いたのでしょうか。
海も染まる血の板が流れた日の黄昏時の事。
夫は海から帰ってきました。
夕日の逆光で姿は黒く染まっていましたが、妻は夫であると一目で分かりました。
嗚呼、愛しい人よ。
妻は帰還した夫の為に様々なモノを与えました。
望むがままに、与えました。
娘を欲しがれば、砕いて与えました。
息子を欲しがれば、焼いて与えました。
自らを欲しがれば、その度に千切って与えました。
愛を与えよ、さらばアイを与えられん
愛を…
愛を…
彼女は一体『ナニ』を愛したのでしょうか
1/29/2024, 8:44:42 PM