にや

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1/29/2024, 9:07:41 AM

数年ぶりに街へ出た。いや、家の外でコンビニ以外に出たのも数年ぶりかもしれない。

大学受験で失敗して、三流大学からブラック企業で心身を病んで依頼、自室でずっとモニターに齧りつく日々。

両親は気を遣ってくれてるし、誰と言うわけでもないが、社会不適合者だと言われているようで怖かった。

そんな自分が久しぶりにのめりこんだのが数年前にリリースされたMMORPGだった。武器のカスタマイズがかなりマニアックで、パーツを組み合わせ次第で何通りもの武器に変えられる。工学部志望で機械オタクの自分には魅力的なゲームだった。

そんなゲームのイベントが街であるという。チャットで知り合ったプレーヤーに教えてもらった。相手は人間不審だった自分を外へ連れ出してくれた救世主のような人間だ。

今日、イベント会場で待ち合わせしている。直接会って話ができるだろうか。

アバターの好みで女性アイコンを使っていたが、男と知って引かれないだろうか。

少しだけ怖いが、わくわくした気持ちの方が強かった。それだけ相手を信頼していたんだと思う。

今日は天気が良い。

…そういえば、彼からきた最後のチャット少し様子がおかしかったな。

海の神様が願いをどうの…

今日また話を聞いてみよう。

1/28/2024, 9:00:38 AM

真っ暗な画面を起動して、今日もおまえに会いに行く。

強力プレイや、武器の強化がリアルで機械オタクの人気を集めているMMORPG。

そこで俺はおまえと出会った。

録でもない家庭で、録でもない親父に殴られては、
気が触れたお袋の慰みものになる。

機械いじりが好きだったから車の整備工場で働きはじめた。

底辺の俺でも働かせてもらえる、個人経営の小さな町工場。

キツい仕事で、客もクソ。

機械を弄ってる時と、家に帰って親父が鼾をたてた時に始めるゲーム。それが俺の癒しだった。

「今日も仕事キツくてさー」
「給料前だからイベントキツいわ」
「次のクエストどうする?」

どんな愚痴でも楽しそうに聞いてくれるお前に惹かれるのは当然だった。

直接会ってみたい。

このクソな世界でも、お前となら楽しくやれる気がする。

ハイランクプレーヤーなお前が、俺とばかり組んでくれるのも、俺に気があるからかもしれない。

お前は誰にでも優しいが、俺には特別優しい。


でもそれは 

優しさとは

限らない

そう知った時には全てが遅かった。

1/27/2024, 9:44:31 AM

日付が丁度変わり、深夜0時。

残暑の残る9月半ばでも、この時間になれば幾分和らぐ。海風がひんやりと崩したスーツをはためかせる。

「ここが海神様が出る海ですか…。」

水死体が引き揚げられている場所と近いといえば近いが、少しだけ入り込んだ場所にある。

「引き揚げ場所と離れてるのは、潮の流れのせいだろうな。」

スーツを肩に引っかけた鳶田が防波堤の上を歩きながら一人言のように呟く。

工業地帯と山の隙間。工業排水のある場所のせいか、人通りは昼でも少ない。

秋口とはいえ、暑さの残る季節。それでも鑑識官の守山は鳥肌が立っているのを感じていた。

テトラポッドの隙間から飛沫をあげる波が、蠢く人の手のように見えるのも、時間帯のせいだけではないだろう。

「幽霊の出るお約束は丑三つ時。海神様が出るのは黄昏時。この時間は不気味なだけで何もないさ。」

両腕を摩る守山に気づいてか、目黒が肩を軽く竦める。先ほどのような、からかいの素振りはない。

「丑の刻参りって知ってる?」
「藁人形を打ち付けて呪うやつですよね。」
「そう。かなり有名だよね。それの正しい呪い方って知ってる?」
「え、いや…藁人形を打ち付けるだけじゃダメなんですか?」
「そんな簡単に呪えたら世の中不審死だらけだよ。呪いってのはそれなりの覚悟が必要だからね。」

エンジンを切らずに停めている車のラジオから、ミッドナイト通信の間抜けな時報が響いた。

「恐らく、海神様への呪いも、願いを書いて流すだけじゃない。」

漆黒の中でも、興奮した目黒の目がギラギラと輝いているのは分かった。



1/26/2024, 8:39:44 AM

「うわぁ!!!」

バネでもついたように、とっさに持っていた写真を手放した。口から心臓が飛び出しそうな程跳ねている。

守山はスーツが皺になるのも厭わずに左胸の辺りを掴んだ。

「こういった怪異現象ははじめてかい?」

宥めるように背中を摩るが、にやけ顔を隠せていない目黒が、守山の背中に回していない方の右手で写真を取り上げつつ言った。

連続不審水死事件。不可解な事件が怪異の仕業ではないかと鑑識官の守山と検視官の鳶田が頼ったのがこの目黒探偵事務所だった。

事件に関わりがあるとして出された写真には、背筋も凍るような異形の姿が写し出されていたのである。

「まあ、安心してくれ!海神様は噂を聞いたり、この手の怪異に触れても呪われるわけじゃないから!」

相変わらず喜劇を演じるように大袈裟に手を振り上げて、目黒は守山を覗き込む。

「…これだけSNSで騒がれているんだ。それくらい知ってますよ。」

ネクタイを軽く弛めながら、吐き出すように言う。

「まあ、わかる。最初はそうなる。」

うんうんと頷く鳶田に、守山は頭がクリアになるのを感じた。つい口調が乱れたが、上司と一緒だったのだ。

「すみません、鳶田さん。動転してしまって…」
「いや、お前はそれくらい崩した方が良い。それよりも、この写真見てどう思った?」

鳶田が真っ黒な暗闇が不敵な笑顔を浮かべる写真を指先で持ち上げて、ひらひらとさせる。

「なにって……気持ち悪いなとしか…」
「おい。突然アホになったのかお前は。」

この写真が撮られた前に“海神様の呪い”とやらをしたんじゃないのか

鳶田の言葉に守山は現実に引き戻された気がした。この写真が撮られたのは、封筒にも記載されてるが、今年の5月。水死体が上がったのが、9月はじめ。

「呪いがかけられてから、4ヶ月も経ってる…」
「少なくともな。」
「呪ってからタイムラグがあるものって、まあ、少なくはないんだけど、これは特殊だよね。」

肩を竦めた目黒が続ける。

「海神様の噂が出てから、もう半年は経ってる。けど、死体が揚がりだしたのが9月に入ってから。」
「9月がミソってことか。」
「…これから水死体がさらに出てくる?」
「おそらくね。ただ、海神様にお願いした全てがそうなるとは思えない。問題は、どのお願いを海神様が叶えているかだ。」

にやにやとしていた目黒が、すっと表情を正す。真面目な顔をすると、随分整った顔立ちなのだと、現実から少し離れたがっている脳ミソは思った。

「お願いを調べるつったって。噂はかなり広まってんぞ。」
「うん。まあ、全部拾えるとは思ってないよ。少しでも拾えたら良いかなって。」
「拾う…?」

まさか…と肩を強ばらせた鳶田と守山を、目黒はにっこりと奈落に突き落とす。

「噂の海神様が出る海。行ってみようか。」

1/25/2024, 9:09:30 AM

「海神様の話をする前に、まずはこれを見てくれ。」

探偵を生業とする目黒が差し出したのは、一枚の写真だった。海を背景にした、花束を持った女性。逆光が彼女の美しさをより際だたせている。

「写真ですか?」

鑑識官の守山は応接用のソファから乗り出すようにして写真を覗き込む。

超常現象を専門とする目黒探偵事務所に依頼したのが、連続不審水死事件を担当とする鑑識官の守山と、検視官の鳶田だった。

この事件で目黒はSNSで賑わっている“海神様”が関わっているというのだが

「半年以上前に、うちの事務所に相談にきた女性が写真家でね。その方の撮った写真。」
「有名な方なんですか?」
「そう。聞いたことあると思うよ。普段は植物の写真が多いんだけど、これだけ人物写真だから話題になったんだ。」

例えば…と出された雑誌やメディアは確かに一度は聞いたことのある名前ばかりだ。そんな写真家の写真がどう関係あるのだろう。

「あ、彼女…」
「そう。今回の連続水死事件のひとり。30代の主婦。」

背筋がゾワっとした。写真の中でこちらにほほえんでいるのは、確かに先日水死体として引き揚げられた女性だ。

「その写真家の方は、友人だったんですか…?」
「20年来の親友だそうだ。…その親友の夫の不倫調査を依頼するくらいにはね。」
「不倫?身元確認の時にゃ随分泣いてたみたいですけど…」
「そりゃ、自殺となれば不倫してる自分が一番に疑われるからだろうな。」

鳶田が首を竦めながら口を挟む。

「まあ、旦那の方は置いておいて。2人はかなり熱烈な関係ってことさ。見てよこの花束。」

目黒が写真の花束を示すが、正直守山には花とかは全く分からなかった。葉の形から桑と蔦であることくらいは分かる。

守山の様子に合点がいったのか、そのまま目黒が解説をしてくれた。

「黄色いスイセンにマルベリー、アイビーの花だね。黄色いスイセンは『愛にこたえて』マルベリーは『ともに死のう』アイビーは『死んでも一緒』」
「こわいくらいの執心ですね…。」
「海神様にでも呪ってもらいたいくらいのね。」

目黒の言葉にめを見開く。

「ちょっと伝手があってね。この写真のデータを貰ったんだ。何回も撮り直したのか、何枚もあってね…」

デスクの引き出しから封筒を取り出して、そのまま渡される。中には写真が数枚入っていた。チラリと見る限り、先の写真とほぼ同じに見える。

「まあ、一枚ずつ見てみてよ。」

言われた通りに写真を取り出し、一枚ずつ捲っていく。

途中、写真が段々と変化していくことに気づいた。手を止めたい衝動に駆られる。このまま見てはいけない。そんな気がしたが、手は止まらなかった。

……最後の一枚を見たとき、足先から体が凍った。

枚数を重ねるごとに黒く染まるソレは、最早彼女とは似ても似つかない。

逆光に浮かび上がった異形のシルエットは、それでもハッキリわかるほど不気味に嗤っていた。

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