にや

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「海神様の話をする前に、まずはこれを見てくれ。」

探偵を生業とする目黒が差し出したのは、一枚の写真だった。海を背景にした、花束を持った女性。逆光が彼女の美しさをより際だたせている。

「写真ですか?」

鑑識官の守山は応接用のソファから乗り出すようにして写真を覗き込む。

超常現象を専門とする目黒探偵事務所に依頼したのが、連続不審水死事件を担当とする鑑識官の守山と、検視官の鳶田だった。

この事件で目黒はSNSで賑わっている“海神様”が関わっているというのだが

「半年以上前に、うちの事務所に相談にきた女性が写真家でね。その方の撮った写真。」
「有名な方なんですか?」
「そう。聞いたことあると思うよ。普段は植物の写真が多いんだけど、これだけ人物写真だから話題になったんだ。」

例えば…と出された雑誌やメディアは確かに一度は聞いたことのある名前ばかりだ。そんな写真家の写真がどう関係あるのだろう。

「あ、彼女…」
「そう。今回の連続水死事件のひとり。30代の主婦。」

背筋がゾワっとした。写真の中でこちらにほほえんでいるのは、確かに先日水死体として引き揚げられた女性だ。

「その写真家の方は、友人だったんですか…?」
「20年来の親友だそうだ。…その親友の夫の不倫調査を依頼するくらいにはね。」
「不倫?身元確認の時にゃ随分泣いてたみたいですけど…」
「そりゃ、自殺となれば不倫してる自分が一番に疑われるからだろうな。」

鳶田が首を竦めながら口を挟む。

「まあ、旦那の方は置いておいて。2人はかなり熱烈な関係ってことさ。見てよこの花束。」

目黒が写真の花束を示すが、正直守山には花とかは全く分からなかった。葉の形から桑と蔦であることくらいは分かる。

守山の様子に合点がいったのか、そのまま目黒が解説をしてくれた。

「黄色いスイセンにマルベリー、アイビーの花だね。黄色いスイセンは『愛にこたえて』マルベリーは『ともに死のう』アイビーは『死んでも一緒』」
「こわいくらいの執心ですね…。」
「海神様にでも呪ってもらいたいくらいのね。」

目黒の言葉にめを見開く。

「ちょっと伝手があってね。この写真のデータを貰ったんだ。何回も撮り直したのか、何枚もあってね…」

デスクの引き出しから封筒を取り出して、そのまま渡される。中には写真が数枚入っていた。チラリと見る限り、先の写真とほぼ同じに見える。

「まあ、一枚ずつ見てみてよ。」

言われた通りに写真を取り出し、一枚ずつ捲っていく。

途中、写真が段々と変化していくことに気づいた。手を止めたい衝動に駆られる。このまま見てはいけない。そんな気がしたが、手は止まらなかった。

……最後の一枚を見たとき、足先から体が凍った。

枚数を重ねるごとに黒く染まるソレは、最早彼女とは似ても似つかない。

逆光に浮かび上がった異形のシルエットは、それでもハッキリわかるほど不気味に嗤っていた。

1/25/2024, 9:09:30 AM