「うわぁ!!!」
バネでもついたように、とっさに持っていた写真を手放した。口から心臓が飛び出しそうな程跳ねている。
守山はスーツが皺になるのも厭わずに左胸の辺りを掴んだ。
「こういった怪異現象ははじめてかい?」
宥めるように背中を摩るが、にやけ顔を隠せていない目黒が、守山の背中に回していない方の右手で写真を取り上げつつ言った。
連続不審水死事件。不可解な事件が怪異の仕業ではないかと鑑識官の守山と検視官の鳶田が頼ったのがこの目黒探偵事務所だった。
事件に関わりがあるとして出された写真には、背筋も凍るような異形の姿が写し出されていたのである。
「まあ、安心してくれ!海神様は噂を聞いたり、この手の怪異に触れても呪われるわけじゃないから!」
相変わらず喜劇を演じるように大袈裟に手を振り上げて、目黒は守山を覗き込む。
「…これだけSNSで騒がれているんだ。それくらい知ってますよ。」
ネクタイを軽く弛めながら、吐き出すように言う。
「まあ、わかる。最初はそうなる。」
うんうんと頷く鳶田に、守山は頭がクリアになるのを感じた。つい口調が乱れたが、上司と一緒だったのだ。
「すみません、鳶田さん。動転してしまって…」
「いや、お前はそれくらい崩した方が良い。それよりも、この写真見てどう思った?」
鳶田が真っ黒な暗闇が不敵な笑顔を浮かべる写真を指先で持ち上げて、ひらひらとさせる。
「なにって……気持ち悪いなとしか…」
「おい。突然アホになったのかお前は。」
この写真が撮られた前に“海神様の呪い”とやらをしたんじゃないのか
鳶田の言葉に守山は現実に引き戻された気がした。この写真が撮られたのは、封筒にも記載されてるが、今年の5月。水死体が上がったのが、9月はじめ。
「呪いがかけられてから、4ヶ月も経ってる…」
「少なくともな。」
「呪ってからタイムラグがあるものって、まあ、少なくはないんだけど、これは特殊だよね。」
肩を竦めた目黒が続ける。
「海神様の噂が出てから、もう半年は経ってる。けど、死体が揚がりだしたのが9月に入ってから。」
「9月がミソってことか。」
「…これから水死体がさらに出てくる?」
「おそらくね。ただ、海神様にお願いした全てがそうなるとは思えない。問題は、どのお願いを海神様が叶えているかだ。」
にやにやとしていた目黒が、すっと表情を正す。真面目な顔をすると、随分整った顔立ちなのだと、現実から少し離れたがっている脳ミソは思った。
「お願いを調べるつったって。噂はかなり広まってんぞ。」
「うん。まあ、全部拾えるとは思ってないよ。少しでも拾えたら良いかなって。」
「拾う…?」
まさか…と肩を強ばらせた鳶田と守山を、目黒はにっこりと奈落に突き落とす。
「噂の海神様が出る海。行ってみようか。」
1/26/2024, 8:39:44 AM