「助手くん! 助手く〜ん!」
「なんですか、知性と美貌を兼ね備えた女神のような博士」
「えっなにそのほめごろし。怖いんだけど……。
や、そうじゃなくて。助手くん聞いてくれ。ついにタイムマシーンが完成したんだ!!」
「……おめでとうございます。
っても半分くらい僕が手伝いましたけどね」
「そこはまあそれとして。
私はこれからさっそく、過去に戻ってこようと思う」
「……いつの時代に戻るんですか?」
「私が女子中学生だった頃だよ」
「戻ってどうするんです?」
「……私が中学時代にいじめられてたことは話したよね。その頃に戻って、私をいじめた奴らを返り討ちにしてやるのさ」
「ああ、その目的を果たすために、博士は研究者になったんでしたっけ」
「そうだとも。やっと長年の夢が叶えられそうで嬉しいよ」
「では博士、目的を達成した後は、どうするんですか?」
「えっ」
「そのあとの博士の人生、研究の道に進む必要がなくなりますよね?」
「……それはまあ、そうだね」
「この研究所にも、入らない」
「……かも」
「僕とも会うことはありませんね」
「……」
「さみしいです、僕」
「…………。
……とりあえず、今日はやめとこっかな、疲れたし」
「コーヒーでもいれてきましょうか?」
「うん、よろしく頼むよ」
◇
「……あっぶねー、僕が手伝ったところの設計図の計算式、間違ってたのさっき見つけててよかった……。起動したらどうなるか……。
めちゃくちゃ言いづらくてごまかしたけど、やっぱ言わないとだめだよなぁ……」
『タイムマシーン』
夜も深まる22時。
「……人が、多い」
こんな夜にも関わらず、丘の上の展望台は人々で賑わっていた。
「そりゃ当然だろ、委員長。なんたって『30年に一度の大流星群』だぜ? こんな貴重な機会、みんな見たいに決まってる」
私の小さなつぶやきに、君は、てきぱきと望遠鏡を組み立てながら答えた。
ーーいっしょに流星群を見に行こう。
そう誘われた時は、心が躍った。
星いっぱいの夜空をふたりじめ……なーんてロマンティックな想像をしながら。
だから、目の前に広がるお祭りみたいな光景に、少々がっかりした。
でも。
流星群を待ち侘びてはしゃぐ子どもたちの声。
お互いに「寒くないか」といたわりあう老夫婦。
他にもさまざまな人々の姿が見える。
単純な私は「こういうのも悪くないかも」、なんて思うのだった。
「そういえばさ、〇〇君と一緒に来なくてよかったの?」
ついでに気になっていたことを尋ねると、君はこちらも見ずにこう答えた。
「……委員長と、2人で来たかったから」
「……えっ?」
その時あたりから、わっ、と歓声が上がった。どうやら、流星が見え始めたようだ。
特別な夜はこれからだ。
『特別な夜』
僕、実は子どもの頃に一度だけ、海の底に行ったことがあってね。
……誰も信じてくれないから、このことを人に話すのはずいぶん昔にやめてしまったけれど。
小学生の時に。海で溺れていた僕を、人魚のお姫様が助けてくれたんだ。優しい目をして、儚げな雰囲気のひとだった。水中でゆられる明るい色の髪が、差し込む陽の光に照らされて、きれいだったな。
彼女はそれから、海の底の世界を案内してくれて……海の底は真っ暗だと思うだろう?
ところが、違ったんだ。色とりどりの魚に珊瑚がきらびやかに踊って……本当に、夢のような世界だったよ。
このさき一生、僕はあの光景を忘れないだろうな。
「どうしたの? 突然そんな昔の話をして」
婚約者の彼女は、柔らかく微笑んで言った。少し年上の、儚げな雰囲気の彼女。
いやそれがさ、今日君を見ていて、急に昔の思い出がよみがえってきたんだ。変だよね。
……あのお姫様、元気にしているといいな。
「大丈夫、きっと元気で暮らしているわよ」
僕はまた、宝石を宝箱に収めるみたいに、美しい思い出を心にそっとしまった。
『海の底』
「私が思うに、日記というものはそもそも、誰かに読まれることを想定したものではなくって……他の誰にも知られたくない、自分自身との会話の積み重ねの記録というか」
目の前の勉強机の上に、日記が置いてあった。控えめなラメがきらきら光る、パステルピンクのカバーの日記。普段はシンプルなデザインの持ち物ばかりのこの部屋の持ち主にしては、可愛らしいな、と私は思った。
「つまり、人の日記を見るなんて大変悪趣味、ということなんだけど」
ごくり。
◇
「ごめんね〜! わざわざうちまで来てもらったのに待たせてしまって」
「ううん、大丈夫だよ」
結局私は、日記を開かなかった。
理性の勝利である。
自分だって、人に日記を見られたら嫌だもんね。
この部屋の持ち主である彼女が、荷物を下ろしながら私に笑顔を向けた。
「でもよかった安心した」
「ん? どしたの」
「や、なんでもない。
これからも、あなたのこと信じてるよ」
『閉ざされた日記』
木枯らしが吹いて、季節は秋から冬へと変わる。街路樹たちがはらはらと葉を落として、さみしさが増していくこの頃。
そんな中で、とある公園にいつまでも葉を残しているイチョウの木があった。
通る人々は皆不思議がったが、それもひと月もすると、日常の風景になった。
そのうちクリスマスの時期になって、せっかくだから、と、色とりどりのオーナメントが飾られて、イチョウはみごとな黄金色に輝くクリスマスツリーになった。
そのイチョウは満足げにこう呟いた、かもしれない。
「ああ、木枯らしにお願いしてみてよかったなぁ。こんなにあたたかい、人に囲まれた冬を迎えられるなんて」
『木枯らし』