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1/16/2024, 3:16:48 PM

「わたし、『美しい』って言葉が、大っっっ嫌いなの」

 午前6時。
 まだ夜の闇が続いている。
 キャンプに来た僕らは、湖畔のほとりにキャンピングカーを停めて、ベンチに座りコーヒー片手に語らっていた。

「へぇ、それはどうして?」

「だって、『美しい』があるなら、その対には必ず『醜い』があるじゃない。
 わたしは、どちらかというと『醜い』側の人間だったから……」

「そんなことないよ」

「……あなたは私の味方でいてくれるからそう言ってくれるだけ。……とにかく、そんな対比がどうしても生まれてしまう『美しい』って言葉が、どうしてもだめなの」

「そっか」

 空が、白みはじめた。

 湖畔の水平線から、朝日が顔を出さんとしている。
 水平線近くの空は燃えるような曙色に光って、その曙色を溶かすように、天に向かって空色とのグラデーションが広がっている。

「……わぁ」

 彼女は、その壮大な光景に見惚れていた。
 もちろん僕もそうだ。






『美しい』

1/15/2024, 1:35:39 PM


 退屈だったので、箱庭を作った。

 土台に土を敷き詰めて、植物を植え、水を流し、温度調整のライトも設置し準備は万端。

 最後の仕上げに、たくさんの生き物を作って箱庭に放った。もちろん、人に似せた生き物たちも忘れない。

 しばらく観察していると、生き物たちはおのおの好き勝手に行動を始めた。

 人に似せた生き物たちは、複数体が集まり、コミュニティのようなものを形成する。

「やっぱりそうなるかぁ……おや?」

 そこに一体、ほかとは違う行動をしている個体が見えた。

 その個体、彼だか彼女だかは、何を思ったか、コミュニティを自ら飛び出したようだった。
 
 そして川(のように流した水)を泳ぎ、山(のように積んだ土)を踏み越え、海(のように注いだ真水)を手製のボートで渡った。

 まさに冒険。映画にも劣らない大スペクタクル。サイズは小さいけど。

 その姿を固唾を飲んで見守っていると、彼だか彼女だかは、ついに。

 箱庭のガラスケースの壁、つまりは『この世界の終わり』までたどり着いた。

 さて、たどり着いた瞬間、彼だか彼女だかは、なんと叫んだだろうか。

「まさか、この世界は箱庭だったなんて……」
 という絶望の声だったか。

 それとも、
「ついに私は! この世界の端まで到達できたのだ!」
 という歓喜の声だったか。

 ……結局声が小さくて聞こえなかったので、それは
 『神のみぞ知る』
 ということにしておこう。



『この世界は』

1/14/2024, 11:49:10 AM

(※長い割にオチがありません)


「……どうして、私なんかを助けたんですか!?」

 夕日に真っ赤に照らされた屋上で、私は、私よりずっと背の高いそのひとの顔を、睨め付けるように見上げた。

 あと少しだった。
 あともう少しで、この世界とお別れできるはずだったのに。

 非難めいた問いをぶつける私に、彼は柔らかい声で答えた。

「……さあ、どうしてだろうね」

「え」

 なんだそれは。私は愕然とした。
 私の、たったひとつの地獄からの逃げ道を塞いでおいて。それは、あまりにも、あまりにも無責任ではないか。

「実はね、今、僕も自分でびっくりしてるんだ」

「?」

「僕も昔、君と同じことをしようとして、同じように止められたんだ。

 それで、止めてくれた人に『どうして余計なことをしたのか』って、そりゃあもう、すごい剣幕で詰め寄った」

「……それで、なんて返ってきたんですか」

「……同じだよ。

『どうしてだろうねぇ』ってさ」

 呆然として言葉も出ない私を見て、目の前の見知らぬ大人は少し苦笑いをして頭を掻いた。

「本当に、どうしてだろう。
ねぇ君、もし。もしよかったらなんだけど」

「なんですか」

「もしも。君が『助ける側』の立場に立ったなら、この『どうして』に答えてあげてくれないか?」

 本当に、本当に無責任だ。
 私は思わずその人の左頬を引っ叩いた。

 そんな日が、もしも来るのなら。




『どうして』

1/13/2024, 11:53:14 AM

『全人類が待ち望んだ夢の技術!!』

 そのコピーとともに公表されたコールドスリープの技術は、瞬く間に世界中に広まった。

「今の時代、将来に不安を感じますよね? それならばいっそ、もっともっと未来に行ってみませんか? 未来の社会はきっと薔薇色!」

 家電量販店で、銀色にテカテカ光るミニスカワンピースを着たお姉さんが、まるで冷蔵庫でも売るみたいにコールドスリープを勧める社会が到来した。



わたしは、200年コースを契約した。



『夢を見てたい』

1/12/2024, 2:59:25 PM

「なああんた、ずっとこのままでいいって、本気で思ってんの?」

 ひっきりなしに車が行き交う交差点。
 その歩道に立つぼくに、少し離れたところに立つ彼女が、突然話しかけてきた。
 その声は、女性にしては低く掠れていた。服装はライダースジャケットに細身のパンツ。肩まで伸ばした茶髪はぼさぼさだ。

「……えっ」

 誰からも見向きもされない日々に慣れ過ぎていて、不意打ちに動揺した。
 まさか、ぼくに話しかける人間がいるなんて。

 返す言葉に迷っていると、彼女はしびれを切らしたように大股でこちらに寄ってきた。

「『えっ』、じゃないよ。あんただよあんた。目が合ってるだろ」

 怖っ。ガラが悪すぎる。
 逃げ出したいが、足がうまく動かない。

 ……足が。

「……足元を見てみなよ。これ全部あんたのためだぜ」

 そこには、山ほど積まれた花束、お菓子、メッセージ。

「みんなあんたが大切だったんだな。

なあ、ずっとこのまま、ここにいるつもりかい?」





『ずっとこのまま』

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