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2/6/2025, 11:21:40 AM

『静かな夜明け』

ある会社員は徹夜で仕事を終わらせ、ため息をつきながら朝を迎える。
ある女性は仕事から帰り、朝日の昇るベランダで、一人煙草の煙を見つめる。
ある少女は朝早くに目が覚めて、学校に行く用意を始めるまでの時間を、大好きな絵を描いて過ごす。
ある男性は隣で眠っている恋人を起こさないように、そっとその髪を撫でる。
ある母親は早起きをして、遠足にいく子供のお弁当を、愛情を込めて作る。
ある学生は一睡もできずに、薬のシートが散乱した部屋に座り込み、泣き疲れた目で朝日を見る。

彼らは一人ひとり何もかも違うけれど、全員が同じ時間に生きて、同じ朝日を見ている。
当たり前のようだけど、そう思うと少し勇気が湧いてくる。
私も一人じゃないって思える。
ずっと、毎日が不安で苦しくて仕方がない。
でも、顔も名前も知らないけれど、どこかで自分と同じ朝日を見ている人がいる。
私が嫌なことをしている時、最低な言葉を吐かれた時。
地球のどこかで、私と同じように思い悩んで、それでも前を向こうとする人がいる。
それだけで、ちょっと救われた気がする。

2/4/2025, 11:38:00 AM

『永遠の花束』

家に帰ると、リビングのテーブルの上に花束が置かれていた。白い薔薇が何本も包まれた、豪華なブーケ。
薄紫色の包装紙は綺麗なリボンで結ばれており、そこにFour You と書かれたカードが挟まっていた。
私は腰を屈めて、薔薇の花をまじまじと見る。
クリーム色の花弁は滑らかで、シルクで作られているようだった。
私は思わず見惚れ、薔薇の花に少し触れる。
薄い硝子を触るときのように優しく、そっと触った。
すべすべとした柔らかな花弁が指先を撫でる。
そのまましばらく見入って、ふと、彼女がくれたのだろうか、と思った。
彼女とは一年前から同棲しており、花束をくれるとすれば彼女しかいない。
でも今まで彼女には、花束どころかプレゼントも貰ったことがなかったので、少し意外だ。
もちろん今日は私の誕生日でもないし、バレンタインにはまだ早い。
だったらどうして彼女は花束を贈ってくれたのだろうか。
私は不思議に思って首を傾げる。
でもそれを考える暇もなく、突然私のスマホが鳴った。
画面には「葵さん」と表示されている。
葵とは、彼女の名前だ。
私は通話ボタンをタップして、電話に出た。
「もしもし、どうしたんですか?」
『……リビングに花束あるでしょ?それ、あげる』
「ありがとうございます。でも、何で急に?」
少し間が空いた。
『……帰ったら言う』
「……そうですか、分かりました」
『それだけだから、じゃあ』
「はーい」
通話終了ボタンを押す。
緩む頬を抑えきれずに、少しだけ笑みを浮かべた。
心臓がさっきから痛いほど高鳴っている。
これは、もしかして。
プロポーズ……なのでは。
私は嬉しさのあまり、胸の前で携帯をぎゅっと握りしめた。



後から分かったのだが、白い薔薇の花言葉は「私はあなたにふさわしい」だそうだ。
少し上から目線なのが、高飛車な彼女らしいな、と少し笑ってしまった。

2/3/2025, 11:29:45 AM

『やさしくしないで』

彼が僕の頭をぽんぽんと撫でる。
安心感と嬉しさを覚えるのと同時に、焦りのようなものが湧き上がってくる。
僕は葛藤していた。
彼を殺さなければ。僕の本当の目的はそれだったはずだ。
一刻も早く殺して、彼から姉を奪うんじゃなかったのか。
殺さないと。
殺さなければ、この地獄は終わらない。
なのに、なんで。
何故殺せない。
僕の計画は完璧だし、準備も整っている。
後は行動に移せばいいだけ。
それなのに、直前になって、いらない感情が邪魔をする。
彼ともっと一緒にいたい。
彼を、殺したくない。
こんなことを思うなら、最初から彼と話したりなんてしなければ良かった。
自分でも呆れるぐらいの誤算だ。
これ以上優しくされたら、揺らぎはじめた僕は多分、彼を殺せなくなってしまうだろう。
だからもう、やさしくしないで。

2/1/2025, 11:55:55 AM

『バイバイ』

「じゃあね、ばいばい!」
ふんわりとしたハーフツインを弾ませて、彼女が私に手を振る。
「は、はい。さようなら」
彼女はにっこりと笑うが、その後に少し表情を曇らせる。
「……やっぱり、ばいばいじゃなくて、またねの方が良いよね」
そう言って彼女は、いつ死んじゃうか分かんないお仕事だから、と消え入りそうな小さい声で付け足した。
彼女がそう言った理由は、すぐに分かった。
この間、私たちの仲間が死んだからだ。
しかも三人、立て続けに。
その中には、彼女が片想いをしていた相手もいた。
彼女は変わらず気丈に振る舞っていたが、内心では相当辛かったと思う。
関わりの浅かった私だってショックを受けたのだから。
でも、仕事柄仕方ないことは分かっている。
彼らだって、こうなる覚悟があったから戦闘員になったのだろう。私も死ぬ覚悟はある。
しかし、彼女が死ぬというのなら話は別だ。
彼女を失うのだけは嫌だ。
「……そうですね。またねにしましょう」
彼女がふふっと微笑む。
「うん。またねっ」
「またね」

***

私は冷たい床に膝をついて、昨日のことを思い出していた。
目の前には、白い布を被った彼女がいる。
遺体は激しく損傷し、両手首がなかった。
目を輝かせながら筆を握っていた彼女を思い出して、胸が締め付けられるように痛くなる。
私たちに、“また”なんてなかった。
あのまま「バイバイ」で良かったのだと、今更ながら思った。

1/24/2025, 11:47:58 AM

『やさしい嘘』

「僕があなたの“お兄ちゃん”になってあげましょうか?」
僕が姉に愛されていないことを打ち明けた時、彼はそう言ってくれた。

彼は、僕を愛さなかった姉に唯一愛された人だ。
僕が初めて彼の存在を知った時、彼は姉に愛されているという事実に対する嫉妬で狂いそうになった。
彼と話している時の姉の笑顔を見る度に、僕の中の殺意がどんどん膨らんでいった。
でもそれと同時に、彼は姉が認めるだけの人間だとも思った。堂々とした揺らがない姿勢。冷淡に見えて、実は誰よりも仲間のことを思っている。
僕は段々彼に憧れるようになっていった。
憧れと嫉妬は執着に変わり、執着は強くなっていく。
気がつくと僕は、彼を毎日ストーキングするようになっていた。
しかし、素人の尾行はすぐにばれる。
彼に問い詰められた僕は、今までのことをぽつりぽつりと話した。
僕が話している間、彼は怒鳴ることも責めることもせずに、静かな声で相槌を打ちながら聞いてくれていた。
話し終えると、彼が僕の目を見て言った。
「なら、僕があなたの“お兄ちゃん”になってあげましょうか?」
前の僕なら拒絶していただろう。姉の代わりになれる人間などいない。
でもなぜかその時の僕は、彼に対する嫉妬や羨望の念が一瞬だけ消えたような気がした。
ただ純粋に、嬉しいと思った。
今まで僕に手を差し伸べてくれた人間は、彼だけだったから。
なのに。
なのに、なんで。
「律くんは僕の、大切な“おともだち”ですから」
彼が僕たちを裏切っても、僕たちの敵になっても。
僕に対する言葉は本心だと勝手に思っていた。
でも違った。
「やさしい嘘」を吐かれただけだった。
僕は彼の、“弟”にはなれなかった。

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