『1年間を振り返る』
自分がこのお題を見て最初に思い浮かんだのは、
「今までで一番死にたいと思った年」。
なんでこう思ったのかは自分でもよく分からなかったので、今年の出来事を記録として書き出してみる。
まだ2024年が始まったばかりの3月。
母に怒られ腕を切り、それが両親にバレる。
リスカの原因が怒られたことだということと、過去にも何回か切っていたことがバレなかったのは不幸中の幸い。
そこからスマホが禁止。
自分は半分依存症のようなものなので、スマホがないとしばらく何も手につかない。
この頃、友人の暴言や軽い暴力に耐えきれなくなり、担任の先生に相談。無事解決する。
しかし、いまだトラウマは拭いきれていない気がする。
そこからはあまり覚えていない。
学校の中で自分が最も嫌いな、運動会と水泳を耐え、受験勉強やなんやらしているうちに受験当日。
ようやく努力が報われた。
そして今。
最近は特に辛いこともなく、時々死にたいと思いながら創作をする。
改めて書き出してみるとどうでもいいことばかりだが、自分なりに辛かったのだろう。
しかしいい事もあったわけで、一年とはこういうものなんだなと思う。
『冬休み』
太陽の光が眩しい昼間の病院。
昨日までの悪天候が嘘のように、空は雲一つない青空だ。
季節は真冬。寒さから体調を崩す患者が多く、毎年この時期は忙しくなる。
しかし今日は、なぜか病院内はがらんとしており、医者や看護師は暇を持て余していた。
外科医の菜緒も例外ではなく、デスクに座ってどこかの偉い医者が書いた論文をだらだらと読んでいた。
菜緒は窓際の席なので、壁についている大きな窓から外の様子を見ることができる。
明るい日差しに目を細めながらも、窓に顔を近づけると、ちょうど病院の隣にある公園が見えた。
公園ではプラタナスの木の下で子供たちが遊んでいる。
真昼間にも関わらず子供が遊んでいるのは、冬休みだからだろうか。
菜緒は大人しい子供だったので、外で友達と遊ぶことはあまりなく、家で本ばかり読んでいた。
そんなことを思い出しながら外を眺めていると、先輩である早瀬が隣の自分のデスクに座り、菜緒と同じように外を眺めていることに気づいた。
いつ入って来たのかは分からないが、早瀬はいつも気づけばそこにいるといった感じなので、特に気にしていない。
流石に、足音も立てずに後ろに立っていた時は驚いたが。
「今の時間、学校じゃないんですか?」
公園で遊ぶ子供を眺めている早瀬は、時計をちらっと見てから言う。
『冬休みじゃないですか?』
菜緒が言うと、早瀬は少し吐き捨てるように、あーありましたねそんなもの、と言った。
「まぁ、社畜には関係ないでしょうけど」
そう、うちの病院は休みが極端に少ないのだ。
『1日ぐらいあってもいいと思いますけどね……』
「ですよね?どうせ来てもやる事ないのに出勤させやがって……。上層部の野郎共なんてほとんど仕事してないじゃないですか」
早瀬は呟くように言う。
もし院長がこれを聞いたら、医者にあるまじき発言だと怒るだろう。
しかし早瀬がそう言うのも無理はない。
彼はアメリカの学会に出席し、そのままアメリカで緊急オペを一件済ませ、昨日帰国したところだった。
もちろん休みは無しである。
おまけに今日は徹夜明けで出勤したらしい。
早瀬は寝ていないと口が悪くなるというのは、周りの外科医の中では共通認識だ。
二人は窓の外を眺めながら、上司に八つ当たりをされたとか、友達の惚気話がだるいだとか散々愚痴を垂れた。
誰もいないのをいい事に暴言を吐いて少しすっきりしてきた頃、緊急事態を知らせるベルが鳴り響いた。
「来たか」
その音を聞いて、早瀬と菜緒は医者の顔になる。
二人は長い白衣を翻して、病室へ走っていった。
『ゆずの香り』
彼女とすれ違ったとき、ふわっと、柑橘家の香りがした。
その爽やかで甘い香りに思わず振り返る。
去っていく彼女の長い髪から、微かな残り香が香る。
(香水、変えたのかな……)
昨日まではシトラスの香りのする香水をつけていたはずだ。
私はバッグから香水の小瓶を取り出し、手首に振りかける。
私の手首から、彼女と同じ柑橘の香りがした。
(ふふ、これでお揃いだね)
昨日の夕方、彼女は雑貨屋でこの香水を買っていた。
私も今日の朝、その店に立ち寄り、同じものを購入したのだった。
私から同じ香りがしたら、私が彼女のストーカーだってばれちゃうかな。
そんなことを考えながら、今日もゆずの香りを纏う彼女を目で追う。
『冬は一緒に』
「今月も忙しいんですか?」
月末に一緒に遊ぼうと誘うも、仕事が忙しいと断られてしまい、私は拗ねて頬を膨らませた。
私と彼女は数年前から付き合っていて、今年結婚した。
同時に彼女も医大生から医者になり、日々病院に出勤していくようになった。
早朝から夜中まで働き、帰ってこない日もあった。
そんな多忙な彼女と比べ、未だ学生の私は、毎日暇で暇で仕方がない。
自分の時間はあり余っているのに、彼女と過ごせる時間はほんの少ししかないことがもどかしかった。
もう子供じゃないから、一緒にいてと無理を言って困らせるようなことはしない。
でも、やっぱり寂しかった。
そして案の定、今回の誘いも断られてしまった。
彼女も仕事があるから仕方ないことは分かっているけれど、今度こそは一緒に過ごしたくて、少し拗ねたような態度を取る。
そんな私を見て、彼女は小さい子供をあやすように小さく笑って、「冬は休み取れるから、一緒に過ごそう」と言ってくれた。
私は久しぶりに彼女と居られるのが嬉しくて、横に座る彼女に抱きついた。
『風邪』
ピピピッ、ピピピッと体温計が鳴る音がする。
僕は気怠い体を無理やり起こして体温計を確認する。
38.2℃と表示されていた。
自分の体温を確認した瞬間、思い出したようにどっと体が重くなる。
「何度でした?」
部屋のクッションに足を組んで座っている彼が聞く。
『38.2℃……』
僕が絞り出すような声で言うと、彼は、やばいっすねw、といかにも他人事のように半笑いで答えた。
笑い事じゃない。こっちは必死だってのに。
少しむっとしながら、彼の方に背を向けてベッドに横たわる。
しかし、彼はそんな僕の様子など気にもしていないようで、なんか欲しい物ありますー?と間延びした声でたずねてくる。
『いや特にないですけど……ていうか、いつまでいるんですか?』
彼が僕の部屋に来てかれこれ二時間は経っている。
「もうちょっと居てもいいですかね?今お前の看病するって体で仕事抜けてきてるんすよね」
『……合法的にサボるために僕を使ったってわけですか』
「そうですね」
彼の性格から考えてそんなような気はしていたが、改めて聞くとつくづく最低な野郎だなと思う。
『……それ、彼女とかにやらない方がいいですよ』
「大丈夫です。友達すらいないので」
清々しい答えだ。
『そうですか』
まあたまには、こんな風に二人でいるのも悪くないかと思った。