名無し

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8/17/2024, 2:51:24 PM



 
  いつまでも捨てれないもの



駅から徒歩5分着く海岸沿いの花火大会の出店で貴方が買ってくれた、翡翠が嵌め込まれたペンダント

『翡翠は皮脂がつくと色が明るくなるんだって。だから俺との思い出を詰めていく、みたいでなんかロマンチックだろ?』

そういっていた貴方

どんな時も付けていたから、もうすっかり色が変わってしまったそれは私と貴方が過ごした日々を表しているようで、それを捨てると思い出まで消えて無くなってしまうような気がしてダメだった



貴方との思い出を捨てられなかった



8/17/2024, 1:23:22 AM



  誇らしさ



その男の子と出会ったのは真夏の熱帯夜で、もう崩れるんじゃないかってぐらいボロいアパートのベランダだった。
煙草を吸おうとベランダに出ると、20代前半、もしくは10代後半、それぐらいの男の子がベランダの柵に背中を預けて、ビールを飲むみたいに缶ジュースを煽っていた。
お隣さんと鉢合わせるってだけではなんの気も使わないので、私はお気に入りだった14タールの大人にしか許されない高タールな煙草の煙を心置きなく月に向かって吐き出す。
雲一つない空に私が吐き出した煙が雲のように空に散らばっていくこの瞬間は1日の中で一番好きな時間だ。
そんなふうに私が悦に浸っているとそれまで缶ジュースを煽っていた男の子が「未成年なんで」って呟くように吐き出した。
少しムッとしながらも煙草を灰皿に押し付けて火を消す。
「大人の大切な休憩時間奪ってんだからさ、あんたが家の中入ればいいでしょ。しかも未成年なんだったらこんな時間まで起きんな」
「家ん中ではゴリラが暴れてるもんでね。避難してんだわ」
「………そ」
ゴリラが暴れてる、それだけで瞬間的にDVか、と分かってしまう私は結構こっちの世界に染まってしまったんだろう。まぁ私自身、学生時代から身売って立派なトー横キッズやってたんだから当たり前か。


「……………大人のキスでも教えてやろうか」
「うわキモ……なに、急に」
私がそう言うと男の子は飲んでいた缶ジュースを吹き出しそうになりながらも顔をわかりやすく顰める。
「誰かに爪痕残したくなっただけ…」
「現代社会の闇の塊みたいなこと言ってんな」
「うるせぇよ…お前顔結構いいだろ、そんな奴に大人のキス教えたのは私だって誇らしくなりたいんだよ……」
「そんなクソみたいな誇らしさ持っても意味ないだろ」
お前にはわかんねぇだろうな、水商売ってほどやりがいも誇らしさも持てない仕事ないんだよ。
おっさんの相手してもなんも楽しくないし、気持ち悪いし、だからお前の相手させろって言ってんだよ。
「あのさ………、誇らしさってさ俺らみたいな人種じゃ絶対手に入らないものだと思うよ」
「知ってるっての」
「でもさ、おねーさんさ、誇らしさが欲しいわけじゃなくて、誰かの特別になりたいんだと思うわけ」
「…………」
「だから俺から一つだけ……、俺が家で親が暴れてるって言ってなにも言わなかったの、これまででおねーさんだけだよ。みんな上っ面だけの心配したり、怖がったり、珍しがったりで、めっちゃ色々口出してくんの」
「………あっそ」
それから男の子はまた缶ジュースを煽って、なにも喋らなかった。ボロアパートの熱帯夜で汗ばむ肌と、柵にもたれかかる男女の無言の空間。


普通だったらめっちゃ気まずい空間、その時はそれが何だか心地良かった。



7/15/2024, 2:26:44 PM





「すいませんね〜、お盆限定格安此岸行きチケット、もう売り切れなんですよ〜......あ、夢枕に立てる格安チケットならまだ残ってますけど......どうします?」

いつもなら、一枚500万とかする此岸....生きているものたちが住まう世界、に行くチケットがお盆だけ1000円とかぐらいまで安くなる。

それが死んだものの住まう彼岸で暮らす幽霊たち唯一の楽しみであり、唯一の生き甲斐みたいなものであった。

それは俺もそうで、このお盆の日を今か今かと待ち侘びていた一人だった。

しかし、開店10分程度でこのザマ。
今年こそは此岸に一人残してきてしまった恋人に会いに行けるかと思ったが、今年も無理そうだ。

久々に楽しく彼女と話せると思ったのに。

でも今年は夢枕に立てるチケットが残っている。此岸にはいけないものの、少しでも顔を見れるだけマシだろう、そう思って夢枕に立てるというチケットを一枚、購入した。





          ✳︎✳︎✳︎





おれの恋人はおれが死んでも平気そうだった。

いつも通り朝ごはんを食べて、会社に赴き、同僚と喋って、帰宅して、いつも通り疲れて.....此岸の様子を見る限り、おれが生きていた頃と比べても変化がない、そう言っても差し支えないぐらい平気そうだった。

友達と笑って話していたり、後輩という男と少し、いい雰囲気になってたり、たまに上司に怒られて泣いたり。そんなふうにいつも通りだった。

だからおれと夢の中で再会した翌日、あんなに元気がなくなるなんて思いもしなかったんだ。



夢の中で再会して、喋れないから会話はできなかったけど。触れることさえできなかったけど。

少しの時間だったけど。2人で見つめ合いながら少し笑い合って、少し泣いた。

そんなことをした翌日。
ベットの上で起きた彼女は酷く生気が失われていた。

ぱちり、と瞳を開けた瞬間、彼女の目から涙が溢れていた。宝石の様に朝日に照らされて輝きながら布団へと、彼女の服へと落ちる涙。

その顔は苦痛や、後悔に塗れて彼女はとても弱ってしまっていた。

そして、その日1日そんな感じだった。

会社では凡ミス、と呼ばれる様なことを連発し、トイレ休憩の度に泣いている様だった。

そんな顔が見たかったわけじゃないのにな。

笑う、顔が見たかった。
おれが生きてた頃みたいに無邪気に、綺麗に、笑う君が見たかった。




なんだか、おれがいないほうが.......






           ✳︎✳︎✳︎





「今年はあと少し余ってますよ〜、此岸行きチケット。どうします?」

「........いや、いいです。

















もう、終わりにします」







7/2/2024, 3:44:36 PM





   日差し



梅雨にしては日差しが強くて、からっとした暑さがあった日のことだった。

テスト週間の一歩手前、そんな時期にもうあなたと勉強できるのはテスト終わるまでないだろうなって思って無理やり予約を取り付けた。

あなたの部屋はいつでも柑橘系の匂いがしたけど、その日は一段といい匂いがした気がする。



日差しに照らされて少し白くなったワークの表紙。

きらきらとした昼下がりの光が当たってまるで宝石みたいに輝いているあなたの髪、真剣な表情。

その光景がいつもより非日常的で、甘さを含んでいるように見えて、

「この問題わかる?」

そんな何気ない一言が出てこなかった。




6/25/2024, 2:18:27 PM



   
    繊細な花



彼は花みたいな人だった。

花と言っても、明るい色の活力があって、日向に咲くたんぽぽみたいな花じゃない。

日陰にひっそりと咲く、どちらかというと暗い色の、でも綺麗で夜月が似合いそうな、繊細で少し触れただけでも壊れてしまいそうな花だった。

そんな彼は、転校生だった。冬の雪の空によく似合う、濡れ羽色、とでも言おうか、そんな色のサラサラな髪が特徴的で、顔も整ってる方だったと思う。

それより印象的だったのは自己紹介だ。

「それとおれ、一年後には死ぬので。」

情を入れすぎないようにね、と彼はなんの変哲もない自己紹介の最後にぽつり、と呟くように爆弾を落としていった。

私の後ろの空いていた席にすわる彼。

正直、やばいやつだと思った。
だって自己紹介で死ぬことをサラッと言う奴、もしくは厨二病。

でもその最悪な第一人称はかき消されることになったのだ。

ちょっとおかしいとこもあるけど、普通にいいやつだったし、私と同じ美術部で、よく私の作品を褒めてくれて、移動教室でも一緒にいてくれるし、なんなら休日も遊ぶほど仲良くなってた。

本当に、天然っぽい、普通な、普通な奴だったんだ。

だからかな、彼が最初に、自己紹介の時に落とした爆弾も彼なりのおふざけだったのかなって思っちゃったんだ。

だから、信じられなかった。

彼が、彼がいなくなるなんて。

初めに彼がいなくなるって本気で思いだしたのは彼の綺麗な濡れ羽色の髪が抜け始めた頃だった。

彼は抗がん剤でね、って笑ってたけど、内心は恐ろしかっただろうし、私だって怖かった。

それからはどんどんどんどん彼が私の知ってる彼じゃなくなっていった。



そして、今日は彼の葬式。

涙は出なかった。

涙は出なかったけど、隣にいた心地いい温もりがなくなってしまったのが、信じれなくて、また、「この作品は独創的で、儚くていいね。」とか、けなし半分、褒めるの半分ぐらいの部活で描いた絵の評価が聞けると思って。

本当に現実味がなくて、彼の死を受け入れられなかった。

綺麗な、薄い青色の絵の具で百合の花みたいなのを描いてた彼を思い出す。

「これ、おれみたいだろ?儚げ美少年って感じで!」

その時はたしかにね、と苦笑したけど、今ではあの花は本当に君みたいだったと思うよ。

繊細で、儚くて、綺麗で………

あぁ、無邪気に笑う君の姿が、まだ、まだ、瞼の裏にいてくれる。





泣けなくて、ごめんね。





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